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十一面観音巡りの旅(17)秋の南山城 [2014秋の京都(三井寺・青蓮院・相国寺]

11/7(金)

 この日は今春訪れた南山城の観音寺に続いて海住山寺へ行きました。奈良と京都の境を流れる木津川に沿っていくつかの十一面観音像のある古寺が点在しています。海住山寺のHPから「幻の都 恭仁京と名宝加茂の三塔を巡る観光」という優れもののページを発見。バスの時間表などもありとても参考になりました。モデルコースとは反対に海住山寺から南下して岩船寺と浄瑠璃寺の道をとりました。海住山寺は登りがある難所でしたから、先に行ったのは正解でした。

 朝食を遅めに済ませ出発。JR奈良9:47→加茂10:03に乗車。加茂駅から海住山寺入口まではコミュニティバスが出ます。加茂駅発10:20→海住山寺口10:30。ところがバスといっても小さなバンで8人が定員なのです。この日は土曜日ということもあって、丁度私が8人目。数名取り残されお気の毒でした。でも、後から分かったことですがが、間もなく来たタクシーに分乗されて、無事(というより、歩かずに)海住山寺へ直行されたそうです。バスは小さいはずで、川べりの土手の道やら村の細い道をくねくね走り、コスモスの咲き乱れる恭仁京跡地に独り立っていた若い女性を定員オーバーながら乗せてあげて、まもなく海住山寺入口に着きました。

↓ここから山道を1K以上も歩かなければなりません。

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 ↓瓶原(みかのはら)を見下ろす海住山の中腹まで30分くらい。

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↓ようやく山門が見えてきましたが・・・ぬか喜び。まだ100mほど先でした。

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↓上の山門の反対側

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↓道路わきに石仏…と思ってよく見ると「町石」と書かれた標が立っています。「町石ちょういし」とは寺院の参道に1町(約108M)ごとに立てられた石の道標とのこと。下は最初の町石で、阿弥陀坐像の浮彫。

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↓参道の石段下にようやく到着。

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↓かなり急な石段を最後の力を振り絞って登りました。大門をくぐると伽藍の並ぶ境内は目の前。

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↓ やまももの巨木のある境内から大門の方向

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☆海住山寺 かいじゅうせんじ

 東大寺大仏建立を発願した聖武天皇が天平7年(735)に良弁僧正に命じて一宇を建てさせ、十一面観音菩薩を安置し「藤尾山観音寺」と名づけたのが始りだと伝えられています。その後1137年にはほとんどの伽藍を焼失し、現在の堂塔は鎌倉時代以降の再建。

↓五重塔(国宝 鎌倉時代) 初層内陣扉絵の特別拝観のため紅白の幕で囲っていました。「扉絵」も国宝で、観音開きの扉は4方とも開けられ、各一体の立像(梵天、帝釈天など)が描かれています。カメラ禁止。

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↓本堂に安置された本尊の十一面観音立像。(重要文化財、平安時代)木造・素地 167.9cm。

がっしりした肩の上に大きな頭部が乗り、尖った眉や秀でた鼻梁という硬質な感じがする彫。胸部の瓔珞もつけず、飾り気なしの素朴な力強いお姿です。実際の製作された年代より古い上代のイメージ。一方ではいささか重苦しさも覚えました。

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 ↓海住山寺にはもう一体の十一面観音立像がありますが、現在は奈良国立博物館に委託されています。こちらのほうが像高45.5cmと小ぶりです。

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↓本坊の美しい庭園(江戸時代)

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↓御朱印もいただいて

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 バスの時間に合わせて帰ります。

↓山門近くの細い山道(ハイキングコース)に入って、石仏をカメラに収めました。摩耗しているので鮮明には写りませんでしたが、打ち捨てられた風情の石仏たちが心に残りました。

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 バス停近くの道端で奈良駅で購入してきた柿の葉寿司の昼食。まもなくやってきたコミュニティバスで加茂駅に戻りました。海住山寺口12:46→加茂駅西口12:56/加茂駅東口13:16→岩船寺13:32と乗り換えもスムーズでした。

続きます~。


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