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(11&12.13)ザルツブルク&帰国 [2018春イングランドロマネスクとオペラの旅]

5/21(月)


 今日も朝から快晴、青空の広がるザルツブルクをのんびり過ごしました。

4年前にもザルツでお見かけした日本人のシニアの女性と朝食室で一緒になりました。いろいろな方に声をかけられるそうですので、私のことはお忘れでしたが、明日はウィーンに行かれるそうです。「ザルツに来る前は体調が悪かったけれど、ここへきてバルトリの歌声を聴いて元気になったの」と・・・朝ごはんもたくさん召し上がっていて、私も元気をいただきました。

夕方のガラコンサートまで街の散策です。


↓初めてツアーでザルツに来て以来のミラベル庭園(21年ぶり!)

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↓観光馬車が通ります

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↓グラスハーモニカ?清楚な美人の奏でる曲にウットリ~(^^♪

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昼ごはんは食欲もなくホテルに戻りました。手持ちの残ったレトルトの五目御飯などで済ませ、仮眠&休憩。


♪~「FESTKONZERT ガラコンサート」@祝祭大劇場18:00~250€

指揮:Danel Barenboim オーケストラ:Staatskapelle Berlin

Ceceilia Bartoli /Jonas Kaufman


出演予定だったロナルド・ヴィラゾンが健康上の理由でキャンセルになりました。彼は久しぶりなので楽しみでしたが残念。でもヨナス・カウフマンは出演とのことで、安堵しつつ席に着きました。4年前のガラもキャンセルがあり、バルトリはその穴埋めに大変だったので、今回もまた・・・と彼女の苦労を察しました。

プログラムも大幅に変更され、

「セヴィリアの理髪師」の序曲~同じく「セヴィリアの理髪師」からロジーナのカヴァティーナ<Una voce poco fa>~ロッシーニの「オテロ」からのデズディモーナのアリア~「チェネレントラ」の序曲~同じく「チェネレントラ」からアンジェリーナのアリア<Non piu mesta>

休憩の後はいよいよカウフマンの登場

ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」から第一幕への前奏曲~同じく「ニュルンベルクのマイスタージンガー」からワルターのアリア<静かな炉辺でAm stillen Herd>と<朝はバラ色に輝いてMorgenlich Leuchtend>との合間に<徒弟たちの踊り>をはさんで~最後は「トリスタンとイゾルデ」からの前奏曲と愛の死でした。カウフマンはワルターのアリアだけでは物足りなかったけれど、アンコールでいくつかシューベルトの歌曲など歌ってくれました。ガラコンサートのチケットも出発決定近くまで粘って、正規に購入した甲斐がありました。


↓終演後のバレンボイムとバルトリ

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来年の聖霊降臨音楽祭の立派なプログラムもできていて、内容もバロック主体とあって,そうそうたるカウンターテナーたちが勢ぞろい(惜しいのは私の好きなB・メータの名前がない!)します。今年が最後かもと思いながら出かけてきましたが・・・。


↓帰途ガーデンレストランで白ワインと野菜サラダ(まだ食欲なく)だけの食事をすませホテルに戻りました

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↓10時ごろようやく日没です

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5/22(火)Salzburg14:35→Frankfurt 15:40/17:25

LFフライトキャンセルのためフランクフルト泊


 今回のホテルは初めて泊まった宿ですが、バスタブはないものの広く清潔で良いお部屋でした。↓特に気に入ったのは大きな天窓です。カーテンが付いていないので外から見えるのではと心配でしたが、周りには高い建物もなくベットに横になると空しか見えません。

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↓エレベーターやホールもガラス張り

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正午のチェックアウトまで部屋で粘り、タクシーで空港へ。空港内で軽食のランチ。ほぼ定刻にザルツからフランクフルトへ移動。ところがフランクフルトの乗り換えボードを確認してガーン!!キャンセルの表示です。すぐにルフトハンザのデスクへ。ところがすでにものすごい行列ができていて、並ぶこと2時間!日本に帰るJALには間に合いません。JALのフランス支店に電話して明日の便をお願いしたところ、あなたの格安チケットは変更できないので片道の航空券を購入するか、マイレージを使って下さいとのこと。不幸中の幸い?マイレージが残っていたので27500マイルで予約しました。ここまで簡単そうですがすでに日本は真夜中の娘をたたき起こして、JALの連絡先をNETで調べてもらったり大変でした。ほとんど立ちっぱなしでようやくルフトハンザのデスクにたどり着きました。パリ便のキャンセル待ちを進められ,食券20€をもらってもいよいよ食欲なく10€くらいで、簡単夕食。指定されたパリ便のゲートへ。この便も遅れに遅れたうえにキャンセル待ち10番目で、6番目で切られてしまいました。また先ほどのデスクに戻ったものの、明日の便になるから出発ロビーのデスクへ行ってと言われ、延々歩いて・・・また行列に並びました。一人一人の対応はとても時間がかかります。10人並んでいたら1時間は待つ・・・。明日のパリ便も丁度良いフライトは満席で、早朝のミュンヘン乗り換え便になりました。ホテルのバウチャーとタクシー券を渡され空港を出たのは10時半過ぎ。なんと!ホテルの部屋に入るまで7時間も空港にいたことになります。それも半分は立ちっぱなしですから・・・号泣。我ながらよく耐えられたな~と思います。個人の旅ですから、いろいろなアクシデントは経験しましたが、これほどひどい目にあったことはなかったです。この年齢では何があるかわからない旅はもう無理かもしれません。i Padがあったので、空港のWifiは繋がらなかったものの、Kindleで雑誌や本を読んだり、数独や上海ゲームをしたりで時間つぶしができました。


空港からホテルへは15分ほど。お寿司屋さんも入っている5☆のデラックスなホテルでした。

でも翌日の便が早朝なので、バスタブに浸かってすぐに就寝。


5/23(水)Frankfurt7:15→Munhen8:30/9:30→ParisCDG11:00/20:30→

 5時間寝ただけで起床。朝ごはんも用意はできない時間なのです。

↓早朝のホテルからの眺め

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ミュンヘンで乗り換え、パリにたどり着きスーツケースと無事ご対面できましたが、夜の出発まで9時間も!!空港移動もなるべくゆっくりと動き歩いて、ターミナル2の荷物預け室へ。ランチは空港内のシェラトンホテルのレストランへ。パリまでくると安心したのか、昨日一昨日と粗食だったせいか、↓急に食欲が出て豪華版ブッフェにしました。

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食後はしばらくホテルのロビーで過ごし、お掃除のおじさんが怪訝な顔でやってきたので、ロビー横のカフェバーでお茶して i Padで遊んで過ごしました。5時ごろ荷物をピックアップしてJALのカウンターへ。3時間前でも開いていてホッとしました。入り口のチェックで昨日のトラブルと名前を言って、別のデスクへ。そこでプレミアエコノミーに空席が出たとのこと、7500マイルがまだ残っていたのでラッキーでした。デスクの女性も大変な目にあいましたねとやさしく労ってくれて、心が和みました。ラウンジが使えたので安楽な椅子でまどろみ・・・機内の席は前が壁のシートだったので、広々。なんとか倒れずに済みました。


5/24(木)→HND15:25/17:30→CTS19:00

 最後に散々な目にあった旅でしたが奇跡的に腰痛も起きず一日遅れで我が家に帰ることができました。亡き夫が見守ってくれたのか?もうそろそろそういう旅から引退しなさいとのお告げ?かも・・・ということで終わります


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(10)ザルツブルク [2018春イングランドロマネスクとオペラの旅]

5/20(日)


 ザルツブルクは天候の変わりやすい街です。この日も朝は晴れていましたが、日中は一時強い雨が降りました。

さて、この日の聖霊降臨祭の音楽祭のスケジュールは3公演。ですが全部をこなすのは夜にメインのオペラがあるので到底無理です。それで、11:00からのバレンボiイム指揮のコンサートを選びました。ちなみに14:00からはカマルナ(テノール)のリサイタルです。

品数は少ないですが、美味しいホテルの朝食を済ませ、10時半ごろコンサートへ。


↓ホテルの前の緩やかな坂道に水遊びのできる細く浅い水路があり、子供たちが大喜び


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↓Makartsteg橋(恋人たちの誓いの鍵で橋も落ちそう~!)からの眺め

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 賑やかに市の立つユニヴェルシタ広場で妙なものを発見!↓「マルモットのクリーム」って?

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上の写真を撮っていたら、これからスタンドで朝食するというPさんとばったり!昨夜のぺリコールの後、遅くまでMDLのメンバーと飲んだそうで眠たそうですが、この日は3公演制覇するそうです。Pさんは働き盛りで、激務の合間を縫ってザルツブルクまでこられたのですから、当然頑張りますね~(^^♪


祝祭大劇場までの通りに塩専門のお土産屋さんができていて、ここで友人のお土産を購入。


↓コンサートなので気楽な服装で来てみれば・・・やはり侮れないザルツブルク、ドレスアップの方たちが多かったです

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♪~「ORCHESTERKONZERTオーケストラコンサート」@Großes Festspielhaus 11:00~ 110€
Interpreten: Daniel Barenboim, András Schiff, Staatskapelle Berlin
Werke von Gioachino Rossini, Edvard Grieg, Peter Iljitsch Tschaikowski


プログラムはロッシーニのセミラーミデの序曲~グリークのピアノ協奏曲(Aシフ/P)~休憩~チャイコフスキの交響曲第一番「冬の日の幻想」


前回でも書きましたが、今年はロッシーニの没後150年記念なので、バレンボイムもあえてこの曲を選んだのでしょう。。。バレンボイムとベルリン歌劇場オーケストラの奏でるセミラーミデは重厚でご立派(笑)軽やかなロッシーニの愉悦感には浸れませんでした。何年か前に聴いたゼッタ&ベルリン・ドイチェオパーは良かったのになと懐かしく思い出されました。シフのグリークも違和感がありましたが、このバレンボイムとの組み合わせ自体が異色?なのかも。こういう音楽祭ならではの面白さでしょう。最後は素晴らしいチャイコフスキ―の瑞々しさとロシアの哀調、重厚さあふれる演奏にどっぷり浸って終わりました。


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ホテルまで迷路のような路地歩き。↓可愛い木製の人形や飾りのウィンドー

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 再びホテルに戻り、近くのカジュアルなレストランで昼食、テラス席が混んでいたので、室内の席へ。食事の途中で急に激しい雨が降ってきたので、ラッキーでした。


↓ホテルが目の前

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↓海老のグリル

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午睡の後はオペラへ。橋の近くでまたPさんと遭遇。大興奮の「カマレナのリサイタル」のお話を伺い「しまった!!」と後悔しつつ会場へ。カマレナは4年前の6月に聖霊降臨音楽祭で「チェネントラ」のドン・ラミーロを聴いていました。あの時のバルトリのチェネントラ(スニーカーにエプロンのお掃除おばさん)姿でカマレナのリサイタルに闖入、客席も大層な盛り上がりだったそうです。当夜のオペラの休憩時にカマレナをみかけましたが、4年前のあか抜けない(ごめんなさい)お兄ちゃんから今やトップのフローレスに迫る勢いの堂々たる(お髭も素敵な)テナー歌手に拍手~(^^♪


♪ロッシーニ「L'italiana in Algeri 」@Haus fur Mozart 19:00~ 340€
Jean-Christophe Spinosi, Musikalische Leitung
Moshe Leiser, Patrice Caurier, Regie


 Cecilia Bartoli:Isabella

Peter Kálmán:Mutafa

Edgardo Rocha:Lindoro

Alessandro Corbelli:Taddeo

José Coca Loza:Haly

Rebeca Olvera:Elvira

Rosa Bove :Zulma

Philharmonia Chor Wien
Ensemble Matheus

Luca Quintavalle:Hammerklavier


この公演のチケットは完売で取れないものと諦めていたのですが、3月のヨーロッパから戻ってきて再トライしたところ、一枚売りに出ていました。もう迷わずにゲット(しかもオーケストラ席最前列!)。スピノージも4年前の「チェネレントラ」以来です。彼の指揮はロッシーニやバロックしか聞いてませんが、今回も心弾む爽やかな序曲で幕が開きました。実はこのオペラの生舞台は初めてです。イタリア的なカラフルで楽しい演出で、歌も芸も達者なキャストに幻惑されつつ、ロッシーニの愉悦に浸りました。当然のことながら、バルトリ姐さんのイザベッラはグラマラスなイタリア美人にぴったりです。リンドーロのエドガルド・ロチャも大健闘。特に一幕一場でのイザベッラへのアモーレのソロが素晴らしくてうっとりでした。怪演のムスタファのペーター・カールマンやタッデオのコルベッリにも大拍手。あっというまに幕が下りたような気がするほど、難しいことも何も考えずに舞台に没頭できました。


↓ラクダに乗ったイザベッラの登場は刺激的(笑)/プログラムからスキャン

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↓カーテンコール/イタリア人の奴隷がサッカーチームに(笑)


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↓帰途の橋の上からの夜景(船のレストラン?)

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↓ホテルと同じ建物の中にあるイタリアンで,シュパーゲルとチョリソのパスタの夜食

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 夜は涼しくなりますが、日中は25度くらいに気温が上がり、春物の衣服計画が大幅に狂い汗かきかきここまできましたが、早くも明日のガラコンサートを残すだけです。


 予習CD/ロッシーニ『アルジェのイタリア人』CD/Amazon Music Unlimited

クラウディオ・アバド指揮 ウィーンフィル

アグネス・バルツア、フランク・ロバルド、パトリシア・パーチェ、ルッジェロ・ライモンディほか


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(9)パリ~ザルツブルク [2018春イングランドロマネスクとオペラの旅]

5/19(土)CDG10:30→FRA11:45/12:45→SZG13:40

ザルツブルク/ スター イン ホテル プレミアム ザルツブルク ガブラーブロイ バイ クオリティ 3泊


 前日の朝、地下の朝食室で少しお喋りをしたシニアのご兄妹とまた一緒になりました。私の語学力ではあまり立ち入った話はできなかったのですが、お二人とも70~80歳くらい。お兄さんはアメリカから妹さんはフランスの地方からパリで落ち合って観光しているそうです。達者なフランス語を話されるお兄さんは元はフランスに住んでいたとのことで納得。もしかしてユダヤ人かな?そして兄はアメリカに亡命して離れ離れになったのかも・・・映画の見過ぎかもしれませんが(汗)今日がチェックアウトなのとお別れしました。


 疲れのためか腰も重く、CDG空港までタクシー移動。フランクフルト経由でザルツブルクに到着。今夜は早速オペラなので、時刻どおりにザルツ入りができでほっとしました。ホテルは初めてのところですが、祝祭劇場までは橋を渡って徒歩で10分くらいでしょうか、周りにはカジュアルなイタリアンなどの食事処も多い,賑やかなエリアに建っています。


↓最上階の部屋はバスタブはついていませんが、天窓からの光が明るい広い部屋

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 ザルツブルクに着いてみれば、天気予報は外れ、初夏の陽気です。仮眠をとった後、身支度を整えてオペラへ。春物ではこの気温(25度くらい)では暑苦しく思いましたが、仕方ありません。汗かきかき早めに会場のHAUS FUR MOZART へ。入り口ホールのチケット窓口で今回聴く予定の4枚のチケットを引き換えました。オペラ&ロマネスク仲間のw子さんやPさんとも打ち合わせをしていたわけでもないのに、きっちり(笑)お会いできました。


↓2018ザルツブルク聖霊降臨祭はロッシーニの没後150年を記念して。

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♪オッフェンバック「La Périchole」19:00~@Haus fur Mozart 185€

Marc Minkowski, Musikalische Leitung

Romain Gilbert,Dramaturgie

Aude Extrémo, La Périchole
Benjamin Bernheim, Piquillo
Laurent Alvaro, Don Andrès de Ribeira, Vizekönig von Peru
Eric Huchet, Graf Miguel de Panatellas
Marc Mauillon, Don Pedro de Hinoyosa
Rémy Mathieu, Erster Notar/Marquis de Tarapote
Olivia Doray, Guadalena/Manuelita
Lea Desandre, Mastrilla/Ninetta
Mélodie Ruvio, Berginella/Frasquinella
Adriana Bignani Lesca, Brambilla
und andere,

Le Chœur de l’Opéra National de Bordeaux
Salvatore Caputo, Choreinstudierung
Les Musiciens du Louvre


 オッフェンバックのオペラは大好きで、特にミンコフスキ&レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル とくれば、何はさておきと駆け付けました初めて観るオペラなので予習は欠かせなかったのですが、Bさんに送っていただいたギガファイル音源をうまく取り入れることができません。不運なことに直前にWindows10のアップデートがあったためと思われます(予告なしにアップデートされる 怒)。帰国してからは元の状態に戻ってましたが。。。


あらすじは複雑なところもなく、リマの貧しい路上芸人のカップルがハッピーエンドを迎えるまで。オッフェンバックらしい生き生きしたメロディー満載のコメディーです。舞台はセミステージ方式で前夜の「アルジェのイタリア女」のセットを生かして、芸達者な歌手たちのパフォーマンスが光ります。後に作曲されたオペラ「ホフマン物語」の楽しい酒場の歌は このぺリコールやブン大将などのオペレッタからの集大成的なもの。それぞれの酔っ払いたちの歌唱に乾杯ですね。この公演で一番の収穫はフランス人テノールのベンジャミン・ベルンハイム(BENJAMIN BERNHEIM)です。もう何年もご無沙汰していた感のあるソフトで透明な歌声にうっとりでした。私が知らなかっただけで、すでにメジャーで活躍しています。またタイトルロールを歌ったオード・エクストレーモ(AUDE EXTRÉMO)は暗め声質のメゾですが、この役にぴったりなほっそりした美人。ほかの歌手たちも大健闘でした。

オッフェンバックの演奏には定評のあるミンコフスキとLMDLはこの夜も熱いブラボーの称賛を受けました。

↓カーテンコールでのベンジャミン

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4年ぶりのザルツブルクは夕方から雨になりましたが、W子さんとビールとピザパイなどで夜食。彼女とはオペラとロマネスクという共通の話題があり、話は尽きません。i padも上手に使いこなしていられます。いろいろ教えていただきたいことも山ほどありましたが、夜も更けて時間切れ・・・私の宿泊先の近くまで送っていただき感謝でした。



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(8)パリ [2018春イングランドロマネスクとオペラの旅]

5/18(金)


 どうもパリでは怠け心がでてしまいました。この日は郊外のサンジェルマン・アン・レイに行き考古学博物館とドビッシーの生家の予定でしたが、それすら面倒になって・・・。とにかくまだ旅は続きますから、無理は禁物とばかり11時ごろまで、ホテルでごろごろしていました。結局、この日はルーヴル美術館とMemorial de La SHOAH(ユダヤ記念館)の見学で終わりました。


ルーヴル美術館/Musee du Louvre


チケットはずらりと並んだ自販機で。以前は並ぶ人はわずかでしたが、この日は行列ができていて、やはりNETで買ったほうが良かったと後悔。


 久しぶりのルーヴルですが、閉鎖中の部屋も多く、2階の仮設の展示室から古代オリエント、毎回来てしまうフランスの中世の彫刻へと回りました


ゴヤ「ラ・ソラーナ女侯爵、カルピオ伯爵夫人」1794-95 181×122

モデルは喜劇作家。この肖像画が描かれた1795年11月28歳で没。大病後の死を覚悟していたはかなさが漂う黒白の画面にリボンやショールの女性らしい華やかさを添えて。内面描写にすぐれた作品として知られています。


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 グランドフロア―へ降りて、古代オリエント部門へ。


↓シリアのTell Halaf Kapara王の宮殿より出土の浮彫 紀元前9世紀ごろ

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↓インシュシナクの神殿(イラン)の復元されたファサード 紀元前12世紀中ごろ


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↓古代王国マリの「青銅のライオン」に再会!

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「ライオンを従える英雄」紀元前8世紀/アッシリア(現イラク)の古代都市ドゥル・シャルキンの宮殿の玉座の部屋のファサードを飾っていたもの(サルゴン2世)。

フランス人学者ポール=エミール・ボッタの1843年の発掘調査で見つかった巨大な像。明るい陽射しのそそぐテラスに置かれています。

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英雄の像の右はアッシリア美術のなかでも有名な「有翼人面牡牛像」紀元前8世紀/同上の1843年に発掘されたもの。


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↓シュメール美術の傑作『代官エビフ・イル』紀元前2500年頃、アラバスター製、青い瞳はラピス・ラズリ。古代マリ王国の神殿から発掘。

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しばらく閉鎖されていた部門なので、この像を見たのは初めてでした。先ほどの青銅のライオンと同じマリ王国の発掘品ですが、別格の扱い?あちこち結構探しました。


最後はいつも来てしまうロマネスク彫刻部門へ。


↓「イーグルの嘴をもつ4つ足の動物たち」ブルゴーニュ 11世紀

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↓「キリストの墓を訪れる3人のマリア、天使」ラングドック1150-1175


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↓「天使とセラフィン」ラングドック 1150-1175 


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「イサクの犠牲」ポワトゥー1150頃

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↓不明(顔の彫にスペイン・ロマネスクの特徴有り)



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↓「玉座の聖母子像」オーベルニュ1150頃(幼児イエスの頭部は13世紀)


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展示が変わったものも多く、各地方のロマネスク彫刻の特色など興味深いです。訪れたことのある教会を思い出したり・・・。またフランスの田舎を巡る旅ができるかしら?と少々弱気になったり・・・。


昼食はカフェ・ド・ラ・ピラミッドのスペインブースで。2時頃でしたが、テーブルを探すのも大変なほどの混雑のなかようやくセルフサービスの


↓ガスパッチョとパエリアのランチ

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 メトロでサン・ポールに戻り、メモリアル・ドゥ・ラ ショアMemorial de la SHOAHへ。

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 館内の展示室はカメラは不可でしたが、写す気持ちも起きません。犠牲になった子供たちの写真など、観るのも辛い中、クリプトの灯は優しく慰めを与えてくれました。改めて人種や宗教で差別や争いが起きませんように祈りました。最後に犠牲になった人々の名前が刻まれた壁に手を合わせ、館外へ。


 マレの周辺はパリの中では宿泊することも多く、馴染みといってもよいエリアです。お惣菜やさんに寄って今夜の部屋食のためにサーモンなど何種類かのセットを買って、ホテルに戻りました。ホテルの調理場にある電子レンジも使えたので、レトルトのご飯もいただきました。一人旅は気ままで良いけれど外食が億劫になります。


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明日はザルツブルクへ移動します、

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(7)パリ [2018春イングランドロマネスクとオペラの旅]

5/17(木)


 朝起きて、やはりかなりの疲労感が残っているのを自覚。この日は電車でパリから1時間のNogent-sur-Seineへ行き、最近オープンしたMusee Camille Claudel の見学。そして世界遺産にもなっているプロヴァンや近郊のロマネスクSt-Loup de Naudの教会にも寄るつもりでした。しかし、パリに着いた安堵感からか、この行程を乗り切る体力気力ともに自信がなく、今回は見送ることにしました。


 近場といえば、この宿から徒歩数分のポンピドゥー・センターです。以前訪れてから10年以上は経っていますので、久しぶりです。人気がありますので、並ばなくても済むようにNET予約でチケットを購入してから、出発。


↓ストラヴィンスキーの噴水のある広場

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↓カラフル、モダンなポンピドゥー・センター(修復中)

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 入り口はやはり行列でしたが、チケット持っている人用のラインから入り、インフォでチケットに引換、入館できました。2階から回りましたが、自分の目的のフロアまではエレベーターで昇ります。


ポンピドゥー・センター国立近代美術館/ Centre Pompidou


 特別展は「CHAGALL,LINSSITZKY,MALE VITCH/THE RUSSIAN AVANT-GARDE IN VITEBSK 1918-1922」で、ここから鑑賞しました。ロシアのアヴァンギャルド展はNYのMOMAで観た記憶がありますが、VITEBSKヴィーツェブスクという地名に興味を惹かれました。VITEBSKはシャガールの故郷でユダヤ人が多く住んでいたベラルーシの町です。1923年に旧ソ連領になったので、その前年の5年間に絞った展覧会です。


先ずはここポンピドゥーのコレクションの

↓シャガール「ワイングラスをかかげる二重肖像」1917-1922 233×136 ロシア革命後のVITEBSKで制作。新婚のシャガールとベラですが、写真はベラをアップで。

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↓シャガール「街の上に」1914-18 141×198  モスクワ/トレチャコフ美術館蔵

浮遊する恋人たちの下に描かれるのは当然ですが、故郷のVETBESK。


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 シャガールは1918年VITEBSKの芸術監督に任命され、美術学校の新設に尽力。翌年にはリシツキー(El Lissitzky)を講師として招きます。リシツキーはロシア構成主義の代表的な画家であり、建築デザイン、ブック、フォト・モンタージュなど様々な分野で活躍しました。この展覧会ではリシツキーの「プロウンProunシリーズ」の中から何点か展示されていました。プロウンとは「新しいものの確立のためのプロジェクト」の略。リシツキーはこのシリーズを自らの作品を絵画から建築の乗り換え駅として位置付けています。


↓リシツキー「プロウンⅠD」1919 71.6×96.1 バーゼル美術館蔵

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 リシツキーはやがてマレーヴィチ(1919-22までVITEBSKの美術学校の教壇に立つ)の影響を受け、彼らのグループ「ウノヴィス/UNOVIS」に参加します。

マレーヴィチはやがてVITEBSKを去り、PETROGRADに移りましたが、画家にとってもVITEBSK滞在は大きな転換期であったようで、シュプレマティズム<白の上の白>シリーズから石膏の住宅(建築モデル)を制作しています。


↓マレーヴィッチの建築モデル(1921以降)

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 ロシア革命後の新しい理念、新しい芸術に燃えたVITEBSKも1923年ソ連体制に組み込まれ共産主義の洗礼を受けることになります敬虔なユダヤ教信者だったシャガールはすでにパリで名をあげていたこともあり、故郷を捨て同年パリに戻りました。

VITEBSKで活躍した他の画家の作品も多数展示されていました。ソヴィエト政権に失望し、亡命したアーティストたちに寄って紹介されたロシアの前衛的な芸術運動はヨーローッパに大きな影響を与えました。


 ランチは最上階のレストランGeorgesで。オーダーをとりにくるのが遅くてイライラしました。


↓ガラス張りの店内から

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↓テーブルに紅い薔薇が一輪


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↓アスパラのポタージュとベトナム風揚げ春巻き。味は

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ランチのあとはパーマネント・コレクションのフロアに降りて一巡り。

↓マティス「黒猫を抱くマルグリーテ」1910

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↓イヴ・クライン「青のモノクローム」1960 199×153

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↓ロスコ「Black, Red over Black on Red

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↓タンギー「A QUATRE HEURES D'ETE l'ESPOIR」1929 130×97

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絵画のほかにも写真や家具など膨大なコレクションです。またもやブランクーシを見る体力は残らず退散。


 ホテルで休息してからマレ地区の夕食と散策へ。

↓ユダヤ料理のChez Marianneで。 いくつか選べる前菜とパン

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お昼の気取ったサービス係に比べると、なんて可愛くて親切なと感動ものの娘さん。気持ちよく食事ができました

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 食事をする人たちで賑わうマレ界隈ですが、不思議に思うほど、いわゆる酔っ払いの声がしないのは、やはり・・・おふらんす?


今日のポンピドゥーは新しく観たものも多く、充実の美術館巡りでした。明日は久しぶりのルーブルへ行ってみましょう~。


 

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(6)ロンドン~パリ [2018春イングランドロマネスクとオペラの旅]

5/16(水)London St Pancras10:24→Paris Nord13:47 

(Eurostar Standard 116€)


パリ/Hotel de la Bretonnerie 3泊 544€(バスタブ、朝食込)


 ユーロスターの切符はHPから予約したので、引き換えに20分くらい前に着かなければなりません。ところがこの朝も通勤ラッシュにぶつかり、タクシーを拾うのにも手間取り、パンクロス駅に着いたのは時間ギリギリになってしまいました。チケット引き換え機は幸い誰も並んでいなかったので、この後はスムーズに手荷物検査場を通って、乗車。ところがパリへ着くのはまだまだと居眠りしていて、周囲が騒がしいと目が覚めて、ようやく気が付きました。英仏間は時差があるのでした。時差で何度も痛い目にあっているのに・・・と自分を叱りながら時計を進ませました。


 パリ北駅からはタクシーでホテルまで。ホテルに到着したのは14:30頃。チェックインは15:00~なので、まだ部屋の用意ができていないのは仕方ないので、近く(マレ地区)を散策。木苺や水、ファラフェルサンドを買って、ホテルに戻りましたが、まだお掃除ができていなくて、待たされること30分。18:00から開演のオペラのために少しでも横になりたいと思っていましたので、30分といえども長い待ち時間でした。


↓ようやく入れた部屋です

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遅いランチ、着替えなどでほとんど休息する暇もなく、メトロで2つ目のバスチーユへ。


2階ロビーで、東京のオペラ狂の〇〇先生とばったり!一人旅で疲れてヘロヘロな私でしたので、ニコニコ顔の彼と少しお話しただけで、ほっと心に余裕ができて嬉しかったです。


↓ほぼ満席の開演前/オーケストラ席4列目右側(155€)

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♪~ワーグナー『パルジファル』18:00~@オペラ・バスチーユ


Conductor :Philippe Jordan  Director :Richard Jones


AmfortasPeter Mattei  TiturelReinhard Hagen   Gurnemanz : Gunther Groissbock  KlingsorEvgeny Nikitin  kundryAnja Kampe  Parsifal Andreas Schager


Orchestre et Chours de L'Opera national de Paris


 昨年の『ローヱングリン』に続いてジョーダンのワーグナーを聴くことになりました。作品としての好みがパルジファルにあることも原因かもしれませんが、感心できなかった前回のローヱングリンに比べると断然今回の方が素晴らしく、隅々まで力のこもった演奏でした。シャーガーのパルジファルは演出のせいか、ベルリンのバレンボエムとの好相性なのか、パリではややお疲れ?精彩を欠いてちょっと残念。一番印象に残ったのはアルフォンタスのペーター・マッティ!演出もかなりアルフォンタスに重きを置いて、心も体も傷つき、苦悩する宿命を負った人間をさらけだすのです。観ていて辛くなる状態を観客に訴えるマッティのパフォーマンスには驚かされました。<同情する心>が今の世界で最も求められる大切なことと・・・。二幕目の舞台に登場したクリングゾルのニキーチンはまさに適役。歌う前から漂う圧倒的な悪の存在感。階段状の魔法の花園から現れる妖しげな美女たちのコーラス。宗教色の強い絵巻物の中の美しい悪夢のようです。カンペもしっかりした歌と演技ででした。グルネマンツのグロイスベックも頑張って(彼のワーグナーは初めて)、たくさんの拍手をもらっていました。


↓カーテンコールのマッテイ

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↓右はカンペ

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↓カンペの右にシャーガー、グロイスベック

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↓プログラム

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 終演は11時過ぎになりましたが、オテル・ド・ヴィル周辺はまだ賑やかです。ホテルに戻りました。幕間にシャンパンとカナッペを食べたので、夜食にお昼の余り物をちょこっといただいておなかを満たし、

ロンドンではバスタブが付かないホテルだったので、のんびり浴槽に浸り疲れを癒しました。


しかし、当初の予定だったパリ近郊の町にある博物館や美術館に出かける気力がわきません。まだ旅は続きますから無理は禁物です。明日は近くのポンピドーセンターに久しぶりに行くことにして、今回はパリの滞在をのんびり楽しむこととしました。







 

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(5-2)ロンドン(スティニング&ソンプティング) [2018春イングランドロマネスクとオペラの旅]

~続きです。


 イギリスのカントリーサイドは車も少なく、穏やかなドライブ日和です。でもあまりエアコンは効かせてくれないので、暑い~!何でもこの日は28度まで上がったそうで、春物の半コート、カーディガンはリュックに詰め込んだままです。ハーダムから南下して途中東に折れて、スティニングへ。スティニングの小さな町に入ると間もなく緑豊かな敷地に建つ教会が見えてきます。


↓教会の入り口の屋根付き門


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↓門を抜けると・・・素敵なアプローチ、木陰の道を歩きます。

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☆スティニング教区教会Steyning Parish Church

700年頃にはすでに存在していたらしく、St Cuthmanという聖人の伝説が残っています。西からやってきたこの聖人(障害のある母親を伴って)によって町の教会が初めて創建されたそうです。858年にはWessexの王の墓地として重要な場所になりました。1066年のノルマンコンクエストの前にハロルドの所有となっていたスティニングはへスティングの戦いでハロルドが死んだため、教会はノルマンディのフェカンプの修道院に与えられました。現在の教会は12世紀の建築ですが、玄関廊は15世紀の増築、鐘塔は1605年、内陣は19世紀の改修となっています。


↓プラン

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↓内部/三廊式の身廊、ポーチから数段降りての空間は低く感じました。

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きっちり並んだジグザグ模様


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メインの南扉口はサセックスでも最も古いもの(12世紀)

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↓堂内に飾られていた11世紀のお墓のカバー

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ポーチから出て教会の周りを散策

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↓東の内陣外観


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↓黄色の花の咲く樹は金鎖?

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↓ほぼ市松模様に組まれた石積みが綺麗です

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↓お花も野草系の清楚な美しさ、古い教会にマッチしてさすがイングリッシュガーデンのセンス!と感心

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 待たせたタクシーに戻り、最後の訪問地ソンプティングへ。ショーアムの西南に戻ったのですが、ドライバーさんは初めてだったらしく、高速道路を行き過ぎてしまいました。ソンプティングの個性的な塔を遠望できたので、戻ることができました。ソンプティングの町から離れた田園地帯にあるので注意が必要です。Google earthのMapは必携。


↓屋根付き門の入り口

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☆セイント・メアリー教会(ソンプティング)Church Saint Mary (Sompting)


 教会の歴史は古く、960年頃に木造の教会(塔、身廊、内陣)が建造され、現在の教会は1080年にノルマン様式で再建されたもの。1154年にはテンプル騎士団が北と南に翼廊を増築。


↓プラン

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↓玄関廊(ポーチ)は14世紀

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内部の壁は白く塗り直したらしく風情がなく、古い教会には到底見えません。残念。


↓北翼廊は12世紀終わり頃

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↓南翼廊

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↓タワー・アーチ/半円形のアーチ(サクソン様式10世紀)

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↓ここの一番の見どころはサクソン様式のこの塔です。960年にの建てられたラインランド・ヘルメットと呼ばれる屋根を載せた塔は、イギリスで唯一残ったものとして貴重です。ドイツのラインランド(コブレンツ,アンデルナッハ、ケルン)からの影響と考えられています。

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↓左の半壊した建物はテンプル騎士団が廃止された後に聖ヨハネ騎士団が14世に増築した礼拝堂の跡です

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敷地には大木が多く、撮影の邪魔になっています。


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 ここで今日の行程は終了、ショーアムに戻りました。まもなくやってきたロンドン行の列車に乗車、ヴィクトリア駅へ。もう夕方ですが、ロンドンもまだ暑くてホテルの隣のパブでビールを1杯飲もうと入店。すると今日はサービスデーで1杯の値段で2杯飲めると言います。それならここで夕食もとミートパイをオーダー。いつもお客さんでいっぱいなのは美味しいのではなくて安いからでした・・・。


 ロンドン5泊も瞬く間に過ぎました。明日はユーロスターでパリに移動します。

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(5-1)ロンドン(ショーアム&ハーダム) [2018春イングランドロマネスクとオペラの旅]

5/15(火)

VIC10:1710:47→SSE(Shoreham by sea)11:2711:57/16:17→VIC17:35


 イングランド南西部のロマネスク巡りも今日で3日目、そろそろ我が老体には無理になりそうな・・・でも、幸いこの日はお天気も良く、タクシー移動のコースなので、何とかなるでしょうと出発。朝のロンドンは肌寒く気温も15度ほど。

ヴィクトリア駅の大きな出発ボードをチェックしてがっかり。ショーアムに停まる列車はキャンセルになっています。駅員さんに尋ねると30分後とのこと。そして出発のホームが表示されたのは10分前!しかも遠いホームなので走り出す人もいます。列車の半分は途中で違う方向に分かれるとのことで、前の車両まで走って乗車。

これなら何本も出ているブライトン行に乗って、バスでショ-アムに向かったほうが良かったかもしれません。


 ほぼ1時間の鉄道の旅。南に向かっているせい?次第に気温が上昇してきました。Shoreham by sea駅に到着したのは正午で、多分すでに25度くらいになっていたはずです。

ショーアムはブライトンの西10Kにある海辺の町です。ここにプレロマネスク期に創建されたという教会があると知って、ここを基点に個性的な3教会を回るコースを考えました。


↓駅から海岸への通りを歩き、右折する目的の教会が見えてきました。住民が散歩している程度で観光客の姿はありません。

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☆オールド・ショーアム&ニュー・ショーアム教会(St Nucolas of Old Shoreham and St Mary of Haura of New Shoreham)

一般にはOld Shorehamオールド・ショーアムとして呼ばれているようです。オリジナルのノルマン様式で1103年にウィリアム征服王の息子Braseによって創建。その後1130-40に翼廊の増築や12世紀末の改装。また中世末期には崩落の危機があり、大規模な改築が行われたため様式の変換が観られます。古い教会を基部に新しい教会を付け加えることはままありますが、ショーアムの例は参考書でも別々な教会のように扱っていて、正直戸惑いました。


↓プラン Old Shoreham

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↓プラン New Shoreham

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↓全景(Google earthから)

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↓西正面/玄関廊は1715年に増築

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↓内部/交差部から

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↓四角形のノルマンの洗礼盤は1100年頃制作されたもの。鐘塔の真下に置かれていますが、今やちらし置き場(苦笑)シンプルな模様が古風。


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↓交差部を支えるロマネスクの柱頭(旗が邪魔ですが)

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↓奥の身廊は三廊式/下層(12世紀末)と上層との違いは明らかですね。

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↓南側廊/男女の真鍮の人型。無名ですが服装から1450年頃と考えられています

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↓玄関廊の西はオールド・ショーアム当時の身廊のあった場所。。15~17世紀にかけて、街の衰退とともに崩落しました。今は建造物の一部が残っています。

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↓教会の周りはハーブを主体にした「癒しのガーデン」として、手入れされています。とても良い香りがしました。

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↓南側面/フライングバットレスががっちり。ライラックも咲いてます。

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↓東後陣外観

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↓ショーアムの入り江に架かる橋から

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 駅から海岸通りまで、カフェやレストランが並んで賑わっていますが、ここで食べたかったフィッシュ アンド チップスをメニューにするお店を見つけられません。駅の向かいでタクシーを予約するついでにドライバーさんおすすめのレストランを訊きましたら、すぐ近くのイタリアンが良いよと連れられて入店。


↓海の幸のリゾット、白ワイン、デザート(22£)。味もまずまず、冷房が効いていてのんびり食事ができました。

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 さて、先ほど予約したタクシーでまず、一番遠いハーダムへ。ショーアムからは回り道なので北西へ30Kほど走ります。パルバラという町を抜けて、まもなく一般の道路から細い農道のような道に入ってすぐに左に小さな教会が建っています。扉が固くて私の力では開かないので、道路で待っていたドライバーさんに開けてもらいました。ノブを動かすのにコツがいるようでした。私一人だったら諦めて帰ったかも・・・。


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☆聖ボトルフ教会(ハーダム)Church of St Botolph(Hardham)


 ウエスト・サセックスの小さな村の教会は11世紀中ごろの建築です。ポーチと鐘塔は19世紀に増築されています。この小さな教会が有名になったのは19世紀末、それまで塗られていた漆喰が剥げ落ちて、下に描かれた12世紀初めと思われる壁画が発見されたのです。


ドキドキしながら足を踏み入れた堂内には誰もいません。この空間を独り占め出来るなんて、それこそ僥倖というものでしょう!何百年も漆喰に守られてきたロマネスクの壁画を堪能しました。


↓内部/単身廊の堂内には祈りの清らかな空間が広がっています。

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身廊東壁下段「キリストの洗礼」

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↓身廊東壁右上の「受胎告知」と「ご訪問」光輪の水色が残っています。

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↓身廊東壁アーチの上部「神の子羊」

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↓身廊東壁左上「博士たちと議論するキリスト」

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↓内陣南壁

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身廊北壁「幼児虐殺」

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↓身廊北壁「エジプトへの逃避」

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↓内陣西壁/Temptationの下。楽園追放後のアダムとエヴァ、くっきりした輪郭線と大きな目の表情がロマネスクらしいおおらかさ。

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↓内陣西壁

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↓内陣西壁。アーチの左に「楽園のアダムとエヴァ」

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↓伸びやか過ぎる肢体(笑)のエヴァは今まさに悪魔から禁断の果実を受け取ろうとしているTemptationの場面。写真は白っぽく写りましたが、事前に観てきた写真よりぼんやり、やはり剥落が進んでいるようです。



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身廊南側の窓辺

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↓外観/西と東から

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 雲ひとつない晴天に恵まれ、明るい堂内でロマネスクの聖書の世界を鑑賞できました。名残惜しい気持ちでハーダムから元来た道を戻り、次の2教会を目指しました。続きます~


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(4-2)ロンドン(チチェスター) [2018春イングランドロマネスクとオペラの旅]

~続きです。


 ピーターズ・フィールド駅では15分ほど待ち時間がありましたが、勘違いをしてあやうく反対方向の列車に乗りそうになって、駅員さんに「チチェスターに行くんだよね!」とストップされ、助かりました。いったん南に向かいポーツマスの手前のバントで乗り換えるんだよと説明してくれて、それでも心配だったらしく、やってきた列車の車掌さんに引き渡されました(笑)お陰様で無事チチェスター駅に到着。


↓ウエスト・サセックスの中心地チチェスター駅から大聖堂までは1kほど歩きます。突き当りに街のシンボルChichester Cross と呼ばれる 記念碑が建っています。ここを左折するとすぐに大きな通りの左側に大聖堂が見えます。

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↓一部改修中


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☆チチェスター大聖堂Chichester Cathedral


古代ローマ時代からの都市チチェスターに1075年には司教座がおかれ、1091~1125にかけてロマネスク様式で建設が始まり、1184年には献堂されました。しかし1187年10月の火災により身廊は被害を受け、内陣の上部などが改築されてています。その後も13~15世紀には増改築が進み、回廊と鐘塔が付け加えられました。基本的にはノルマン・ロマネスクにゴシックがミックスされた様式になっています。


↓プランと全景図(Google earthより)

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 ↓北側(大通りに面したほう)

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↓ジグザグ模様の扉口

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↓怖ーい顔のガーゴイル

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西正面から内部へ

↓手前の身廊は五廊式、奥の身廊は三廊式と複雑です。中央の仕切り壁(15世紀)までかなり奥行があります。

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↓東側後陣のLady Chapel


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中央祭壇のステンドグラス


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↓床の一部に古いモザイク

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↓通り過ぎるところでした。暗い側廊にガラス入りで飾られていたロマネスク彫刻の傑作とされている2枚の浮彫。ガラスに照明などが反射して撮影は困難です。

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↓参考書からスキャンしました。左はベタニアに着いたキリストにマリアとマルタの姉妹が亡くなった兄のラザロの蘇生を頼んでいるところ。必死に手を合わせる姉妹がいじらしい。

右は特に有名な「ラザロの蘇生」の場面。キリストや立ち会ったマリアとマルタの姉妹や使徒たちの哀しみにゆがんだ表情が印象的。ロマネスク期の彫刻でここまで劇的な表現は珍しいのです。

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↓「ラザロの蘇生」の一部分は参考書の表紙にもなっています。

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夕方近くになりましたが、見学者は私一人ですから、ガラスにへばりつくようにして鑑賞しました。以前からここへ来たいと願っていましたが、75歳になってようやく観ることができました。


↓大聖堂の北隣に建っている独立型の鐘塔

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↓後陣

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↓なんとなくユーモラスな墓石

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↓大聖堂の周りは古い墓標があちこちに

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↓最後は回廊を眺めて駅に戻りました。


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 ところが余裕を見て30分前に駅に向かったのですが、記念碑のところで駅に曲がるところを直進してしまいました。記念碑がゲートではなく多角形なのを失念したのです。注意力散漫過ぎ。。。途中で気が付き、走るようにして駅に駆け込みました。往復切符(18.80£)を買ってあったので、なんとか間に合いました。


 ロンドンのホテルに着いたのはハッピー・アワーも終わる頃でしたが、窓際のカウンター席も空いていたので、赤ワインとチーズをいただきました。ワインもチーズも好みのものを選べて、それぞれ美味しくほろ酔いになりましたこうなると外食するのも面倒になり、レトルトのご飯を厨房の人に頼んで、チーンしてもらいました。持参の梅干しと海苔で[おにぎり]とインスタント味噌汁の貧しい夕食ですが、リラックスできました

ところが日頃の運動不足がたたって、昨日も今日も11000歩の8Kは歩きましたので、夜中にこむら返りが起きて、しかも両脚ですから(痛い×2)強烈!!


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(4-1)ロンドン(イースト・ミオン) [2018春イングランドロマネスクとオペラの旅]

5/14(月)

WAT(ウォータールー)11:00→PTR(ピーターズ・フィールド)12:00/12:32(バス67)→イースト・ミオン12:45/13:58→PTR14:11/14:32→CCH(チェチェスター)15:14/17:09→VICヴィクトリア18:46


 ↓今日も朝から晴れの良いお天気です。ホテルの朝食も美味しくいただきました

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 ウォータールー駅では出発ボードを確認してが~ん!ポーツマス行に遅れが出ています。結局30分も遅れてしまったので、計画していたバスに乗れそうもなく・・・諦めつつも駅に到着。ところがバスはすぐ駅前に停まっていて、運良くジャスト!で間に合いました。

ピーターズ・フィールドから西へ。イーストミオンまで緑豊かなハンプシャーの田園風景が広がります。美しく手入れされた農家の家々・・・日本の寂れた過疎地とはあまりにも違います。イギリスより物価が安くてもどうにもならない日本の地方の現状が悲しく、そして「政治が悪いんだわ!」と怒り・・・。


↓イースト・ミオンの教会前で降車。乗ってきたバスが待ち時間合わせ停車中。


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☆オール・セインツAll Seints 教会(East Meon)

ノルマンのイングランド征服の後にはノルマン様式の教会が多く建てられたのですが、ここも当時のウィンチェスターの司教により12世紀前半に建設されました。それから100年ほど経った13世紀に南翼廊を増築、後陣はゴシック様式に改築されました。


↓下の道路から撮影


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↓斜面を登って玄関廊へ

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ところが固く扉は閉ざされています。10年前に発売された芸術新潮の特集では拝観常時とあったので…確認をしないまま来てしまいました。大失敗です。壁に貼った紙には10:30までオープンとのこと。それならロンドンを朝早く立って、バスがなければタクシーで来たものを・・・。しばらくがっくり状態でしたが、こういうことは今に始まったことではありませんから、気を取り直して教会の外観や美しい村の佇まいを愛でることにしました。


↓玄関廊からの眺め

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内部には観られなかった黒大理石の洗礼盤(The Tournai Font)があります。1150年頃ベルギーのトゥルネィで制作されここまで運ばれました。↓参考書の『ANGLETERRE ROMANE 1』からスキャンしました。「アダムとイヴの物語」が彫られています。


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当時はトゥルネィの洗礼盤はいくつかハンプシャーに運ばれたそうで、前日観たウィンチェスターの洗礼盤のほかにSt Mary BourneとSt Michael’s Southamptonにあるそうです。


↓教会の西側は野の花の咲き乱れるセメタリ―

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↓教会の南西側から

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↓西側/左の建物は集会室?施錠され誰もいませんでした

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↓東の後陣

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 バスの時間まで村の散策とカフェタイム。昼下がりのイースト・ミオンは眠ったように静かです。↓素敵なインで軽くお昼をと思ったのですが時間もなくおなかも空いていませんので紅茶とケーキをオーダーしました。

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↓「ケーキはビスケットしか残っていないの」と可愛らしい娘さんが気の毒そうに運んできたセット。ホームメイドなのでしょう、とても美味しかったです。

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向こうに見えるのはパブのカウンター。ビールも飲みたかったのですがこれからチチェスターに向かわなければなりませんし・・・最近お昼のアルコールに眩暈したりで、弱くなったので我慢しました。ここは相当古い建物とのことですが、クラシックで素敵に改装されていて、ロンドンのホテルよりこういう宿に泊まりたかったと激しく後悔するも後の祭り。1泊でも2泊でもイギリスのカントリーサイドに宿泊すべきでした。


Ye Olde George Innから眺めた教会

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↓インの横を流れるメオン川の先も風情があります

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 そして、数分遅れのバスに乗りピーターズ・フィールドに戻りました続きます~



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