(5-2)佐世保~長崎 [2015春(長崎・平戸カトリック教会群)]
~続きです。
大野教会から国道沿いに南下すること3Kほどで、出津(しつ)教会です。ここは長崎市内からも比較的近いこともあって、急にツーリストが多くなりました。
☆出津教会 出津も禁教時代には時の大村藩による迫害があり、多くの「潜伏キリシタン」が居ました。禁教が解けた明治15年、当時の司祭だったド・ロ神父の設計と指導により、信者たちと共に完成させた教会が残っています。後に信者が増えたためド・ロ神父により2度増築されています。海岸からも近い山間部に建っています。外壁は煉瓦、内部は木造。
↓全景/上の道路から撮ったものですが、正面切り妻屋根の上に乗った方形の鐘塔がやたら大きく見え、バランスが悪いです。
↓側面/後陣に長く伸びて、扉口が2つずつ。
↓後背部/雨が降ったのでなおさら白い壁が灰色に
内部はあまり記憶に残っていませんが、撮影禁止だったようです。資料によると三廊式で、天井は折り上げ式、窓の上部は半円アーチですが、特にロマネスク様式を意識したものではないとのこと。
↓ 近くには「ド・ロ神父記念館」があり見学しました。
↓ここら先はカメラ禁止です。
ド・ロ神父はフランス・ノルマンディー地方のバイユー(タペスリーで有名な)の近くの貴族の家に生まれバイユーの神学校を卒業後、パリ外国宣教会に入会。1868年28歳で長崎に赴任しました。石版印刷の技術者でもあった神父は74歳で亡くなるまでの46年間を日本で宣教と社会福祉、産業開発のために力を尽くしました。ここで展示された遺品をを見て驚くのはその深い人間愛と共に当時の日本では考えられない産業水準の高さです。自身の財産をつぎ込んで、村人たちの貧困を救うために建設した授産、福祉施設、マカロニ工場など。今もって、ド・ロ神父の偉業、遺徳を慕う外海の人々の心がこもった記念館です。この記念館は明治18年に建てられた鰯網工場を利用したものです。
↓そして、隣接する「旧出津救助院」(明治16年竣工)です。
↓このころから雨もすっかり上がり、青空も。出津教会の周りは散歩道になっています。
↓そして、バスで「道の駅夕陽丘そとめ」へ行きランチ。遠くに先ほど訪れた出津教会が見えました。
道の駅の近くに遠藤周作文学館があり、「沈黙」をこの旅の予習として位置づけしてこられた方たちは食後走るようにして見学へ。私は五島列島へ行ったとき、「読まなきゃー」と思いつつ、すっかり忘却の彼方でした(汗)。文学館へ行かない不真面目組とゆったりコーヒーを飲んでお茶タイム&ショッピング。
そして、出津からさらに南東に3Kほどの黒崎の里へ。教会へは後陣方向からのアプローチ。
☆黒崎教会 黒崎も外海の潜伏キリシタンの里でした。禁教令が廃止される前の「信徒発見」以降からの再宣教の活動も早く、明治3年には仮教会ができ、明治30年にはド・ロ神父の指導の下で教会の建設の機運はあったのですが、資金が不足して工事は中断。大正9年にようやく竣工の運びとなりました。棟梁は川原忠蔵と記録されています。
↓正面/切妻の単層で、大きな玄関ポーチが付随。煉瓦造り。白い上部のアクセントをつけた控え壁が平板な印象のファサードを飾っています。
↓内部/三廊式、木造。天井のリブ・ヴォールトが美しい半円を描き、色彩感の統一もあって、スタイリッシュな空間。ただし、大アーケードに並ぶ照明器具がいまいちマッチしていないような・・・。
ド・ロ神父の故郷ノルマンディーのロマネスク教会に似たイメージと言われています。2006年に神父の生家に近いCeanを中心にいくつかまわったことがあります。↓参考にZodiaque の写真(CeanのLA TRINITEトリニテ教会)
↓パイプオルガンが設置されています
↓明るいステンドグラスに祈るマリア様の像
↓側廊
↓側面と後陣外観/煉瓦と水色の窓の配色が新鮮。正面と同じ控え壁が窓と交互に並んで素敵です。
大野教会に続いてド・ロ神父の想いの詰まった教会を後に・・・。
次は昨年秋に長崎と五島間のフェリーからも眺められた神ノ島へ向かいました。長崎港に近く、本土とは1960年の埋め立てで地続きになっています。
☆神ノ島教会 禁教時代には離れ小島だったので、多くのキリシタンが潜伏していました。禁教令が解除された後明治9年に仮教会が設けられ、明治14年に建てられたラゲ神父の木造教会、そして現在の教会は煉瓦造りで、デュラン神父により明治30年に完成しました。
↓正面/壁全体が白く塗られています。中央ポーチ両脇の控え壁が上の鐘塔へ伸びています。その上昇感と切妻屋根の傾斜との美しいバランスが印象的です。
ファサードは西向きですが、北裏に山が迫っています。
↓内部/三廊式、木目を生かした白と茶色のシックな塗装、おおらかな半円のリブ・ヴォールトの天井
↓大アーケードに並ぶ束ね柱も高低差をつけ、照明器具も、半円アーチトップから吊るされて、これならあまり違和感もなく
↓ シックなインテリアにカラフルでモダンな意匠のステンド・グラス
↓海の方向にあるステンドグラスから、丸窓に教会前の十字架がはまるようになっています。
↓玄関ポーチの天井に燕の巣。ここに限らず低空で飛んでいる燕が多いのも道産子の私には珍しい風景でした。
↓裏山に少し登ると教会と長崎の湾の素晴らしい眺めが!
↓教会前からの眺め。長崎女神大橋が左に見えます。
↓ハーバーの近くに降りて教会を振り返ると
↓大橋の名前にも付いた女神=マリア像
近くの保育園から子供たちの賑やかな声(母親のお迎えタイムらしい)、浜辺で遊ぶ小学生たちの姿、ここは長崎のベットタウンなのでしょう。昨年訪れた過疎に悩む五島列島をいやでも思い出してしまいました。
長崎のホテルは新地中華街にあり、周囲は食べ物屋さんが軒を並べています。夕食はフリーなのでせっかくだから卓袱料理を食べてみたいと思って、持参のi Padで検索したのですが、めぼしいところは前日まで予約が必要とのことで、諦めました。徒歩で思案橋方面に歩き、食べログでチョイスした海鮮&寿司のお店へ。ご一緒していただいた方と長崎の味を堪能しました。
↓葡萄海老のお造り(まだ動いていました!)
↓からすみ
↓てんぷら(穴子と野菜)
↓おこぜのから揚げ
〆にお寿司を3貫ほどいただいて、長崎グルメは終了。
↓ホテルの部屋はシングルですが、ベットも大きくこんな感じ。
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