2013夏の旅(11) コールマール~チューリッヒ [2013夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]
7/18(木) Colmar11:23→Basel12:09/13:03→Saint-Ursanne(poste)14:22/16:09→Basel17:22/17:47→Zurich18:52
チューリッヒ/Hotel Seehof 1泊
コールマールのロマンティックな滞在を惜しむように、チェックアウトまで部屋でのんびり過ごしました。今日の予定はバーゼルから列車で西南のジュラ地方のサンテュルサンヌに寄り道して、チューリッヒに戻るというコースです。
↓ コールマール駅入口
夏休みの家族連れの多い中、隣のベンチに座った中年の男性はアヴィニオン(演劇祭)に行くというのです。え~っ!私もチューリッヒに寄ってから、南仏なんですけど・・・。コールマールからTGVで5時間、直通とのことで、あ~あ、スーツケースがなかったらな~でした。ボン・ボヤージュ!と私のほうが先に列車に乗り込み、国境の町バーゼルへ(13.40€)。
バーゼルは昨年夏に来たばかりで勝手知ったる駅です。荷物を構内のロッカーに預け、身軽になって乗車しました。ローカル列車に乗り換えて、サンテュルサンヌへ向かいました(往復40CHF)。バーゼルから西南へ直線で40Kほどですが、線路は迂回しますので1時間半くらい乗りました。しかもバーゼルの郊外線でもあり、ルートが複雑です。往復別なラインになり、少々不安でした。そんなところへ、何のために?決まってますでしょ~ロマネスク(笑)今回の旅で唯一のスイス・ロマネスク探訪になりました。
スイス国鉄は時間の正確さも、サービスも優秀です。乗り換えの小さな駅のホーム、しかも目の前にトイレも完備されていて、どこかのあのトイレのない駅とは大違い。車窓からスイスの緑豊かな谷間や渓流、花の飾られた農家などを眺めているうちに、サンテュルサンヌに着きました。駅は丘の上にあり、ポストバスが待っていましたのでつい乗ってしまいましたが・・・3CHF。さすがスイスは物価高。丘を下りて街に入るとすぐがバス停のPOSTE郵便局前。すぐ裏は川が流れのんびりと釣りをしている人の姿。教会までも徒歩2、3分でした。
☆Collegiale Saint-Ursanne サンテュルサンヌ(聖ウルサンヌ)参事会教会
聖ウルサンヌは6世紀の伝説の聖人だそうです。教会はフランス・ブルゴーニュの影響を受け、12世紀末に建てられたロマネスク後期からゴシック移行期の建築です。大部分がゴシック様式なのですが、ロマネスクの見事な彫刻で飾られた扉口が南側面に残っています。
↓ 後陣が大きな広場に面しています。
↓ 回廊への入り口から中へ。ゴシック様式の回廊で、ちょっぴりがっかりでしたが、シンプルで清楚な雰囲気が保たれています。
↓ 回廊から内部への扉口
↓ ゴシックの身廊
↓ それでもめげずに(笑)よく観察すると、ロマネスクの残映が観えてきます
↓ 上を見上げるとキュートな「神の子羊」
↓ 柱頭彫刻やフレスコ画
↓ クリプトも素敵
↓ いったん外に出ますと南側も広い空間が広がって、解放感があります。
↓ ここでの重要な見どころは南扉口です。保護のためか上に庇がかけられていますが、彩色もいくらか残っています。見事なロマネスク彫刻の扉口を目の前に、事前に写真は観ていたものの唖然とするほどインパクト大でした。
↓ 上部両側の壁龕に聖母子と聖ウルサンヌ
↓ タンパンにキリストと聖パウロと聖ペテロ、それを天使たちが取り囲んでいます。
↓側柱の柱頭彫刻。ロマネスク的な幻想が満ちて・・・凄いです。
↓ 扉口の下にいた猫は寝てるのかしら?
↓ 仮面顏で、じーっとしたまま動きません。
猫と遊ぶのはあきらめて、ビールを飲みました。昨日は涼しかったけれど、今日はまた暑く、午後からは特に西日が・・・と言い訳。帰りは山の中腹の駅まで、歩きました。
↓ 街角風景
↓ 街を抜けて山道を左へ。先に自転車で上っていく親子がいました。
↓ お嬢ちゃん、頑張れ!おばばも頑張る・・・。
↓ 暑いし酔いも回って、大変辛い登りでした。
↓ 途中から振り返るとサンテュルサンヌが
↓ サンテュルサンヌの景色が絵のよう。。。
↓ もう見えなくなって、ようやく
↓ 駅に到着。案内板も詳しいですね。歩いて15分と書いてありました。
↓ 駅について間もなく、麓からミニバスが昇ってきました。街に下るときに乗らずに、駅に登るときに乗れば良かったのに、失敗(涙)。左に写っているのはサイクリングの父娘です。
列車でバーゼルに戻り、ロッカーから荷物を出して、チューリッヒに向かいました。バーゼルからチューリッヒまで32CHFでした。チューリッヒ中央駅からトラムでホテルへ。朝食が遅かったので、昼食はビールとつまみ程度でした。お腹が空いて、部屋に荷物を置くとすぐ近くのイタリアン・レストランで前菜とパスタの夕食。
味はまあまあですが高いし、この程度で高級ぶったサービスが感じ悪かったです。
↓そのレストランはホテル・オペラの左角の店。
↓ 食後の散歩にチューリッヒ湖畔まで。
1週間巡ってきた旅のあれこれを思い出しながら、荷物の整理。そして、心地よく眠りに就きました。
2013夏の旅(10-2) コールマール(オットーマルゼイム) [2013夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]
~続きです。
TAXIをゲブヴィレールの教会の後方で降車しました。走る距離も短かったのでタクシー代はあまりかからずに済みました。
☆Gubwiller/St-Leger ゲブヴィレールの聖レジール教会
12~13世紀のロマネスク後期の建築。西正面ファサードはライン川流域に点在するアルザス・ロマネスクの典型。2つの方形の鐘塔と破風の中央部。下に3つのアーチが並ぶポーチ付き開口部。。
↓ 後背部から正面へ。交差部の鐘塔は八角形
↓ 北側から。周りには古く趣のある家が多いです。
↓正面扉口
↓ 内部
↓ ゲブヴィレールの目抜き通り
↓ お洒落なカフェでキッシュとミルクティーの軽い昼食をとりました。
↓ ケーキのショーケースにアルザス名物のクグロフ。
↓バス停まで少し遠回りして街の散策をしました。右の教会風の建物は?
↓インフォでもらったマップにはシナゴークとありました。この近辺はゲットーだったのでしょうか。アルザスのユダヤ人の辿った運命・・・。
↓ 昔から残っているゲートです。
元のバス停の向かい側がミュルーズ行きのバス停でした。また曇り空が広がって少し涼しくなりました。ミュルーズまで二十数キロですが、あちこちストップしながらで1時間ほど走り、ミュルーズのSNCF駅で降車(3.3€)。駅前にずらりと並ぶTAXIを見て安堵。ここからオットーマルゼイムまでバスもありますが、コールマールに早く戻り、ショーンガウアーの聖母を観なければならないので、急ぎました。TAXIでミュルーズから西に15Kほど走り、オットーマルゼイムの小さな村に到着。
☆ Ottmarsheim/St-Pierre et Paul オットーマルゼイムの聖ピエールと聖ポール教会
アルザス・ロマネスクのなかでも南に位置する1030年創建された教会です。当初は女子修道院の教会として1049年に完成した初期ロマネスク建築。アーヘンの宮廷礼拝堂をモデルにした八角形の集中式の構造です。
↓ 鐘塔は15、16世紀の増築。駐車場のある北側から。
↓ 鐘塔が玄関廊を兼ねています。
↓ 鐘塔の後ろに八角形の教会。粗い石積みですが、カロリング朝の女子修道院らしい古風なエレガントさも感じられて、魅力的です。
↓ 後背部からの全景。東に増築された礼拝堂は15~19世紀までのもの。
↓ 周囲もごみひとつ落ちていませんし、花車まで飾られて、綺麗過ぎるほど(笑)ですが、見学者は私だけで勿体ない。
↓ 内部 二重の八角形構造。半円アーチを支える堅牢な柱。
↓ 三層に分かれた構造。上の窓からの光が明るく差し込んで。
↓ 上階アーケードは無装飾の方円円柱が並び、ドイツのロマネスクに近いです。
↓ アーチや壁面に15世紀の壁画が残っています。
ミュルーズの駅に戻り、列車でコールマールへ(8.2€)。そのまま旧市街の聖マーティン教会へ向かいました。以前来たときは修復中で観られなかったショーンガウアーの「薔薇の生垣の聖母」を観るためでした。聖マーティン教会は現在はこの絵画のための美術館となっているみたいで、有料です。チケットを見るとドミニコ会派の教会への寄付も兼ねているようです。修復の様子など写真も展示されていました。カメラ禁止。
ショーンガウアー Martin Schongauer(独)1450頃~1491
ドイツ後期ゴシック時代の画家。コールマールの金銀細工師の息子として誕生。故郷の近辺で活躍。デューラーも彼のもとで修業することを望んだが、ショーンガウアーの死によって叶えられなかったという。確実に彼の作品とされる絵画は数少ないので、コールマールの板絵は貴重な作品。
↓ショーンガウアーの「薔薇の生垣の聖母」1473 200×115 写真はパンフレットの表紙です
予想していた展示(教会の中で、さりげなく)とは別の、絢爛といってもいいほどの高価な美術品扱いなので、面くらいました。ファン・デル・ウェイデンの影響が著しいと、私の参考書にある通り、ショーンガウアーと知らずに見たら、間違えそう・・・。
↓ ホテルに戻り、
↓ 部屋の窓から。昨日乗ったグリーンのプチ・トランが走っているのが見えました。
7時に予約してあったレストランで夕食。ホテルの1Fレセプションの奥がレストランです。また一番乗り。
↓ 何を食べたのか、例によってほとんど忘れてます(汗) バターはいつもは食べないのですが、3種類もあったので、少しいただきました。アミューズ2種
↓ 前菜
↓ メインの魚のお皿。肉は撮り忘れ。
↓ デザート
さすが評判が良いだけあって、季節感もあり上品な味で満足しました。アルザスワインも独りなのでグラスでしか頼めなかったのですが、現地で飲むリースリングは格別で、美味しかったです。
さて、明日はチューリッヒに戻ります。アルザス・ロマネスクも予定していた1か所だけ訪問を諦めましたが、この暑さのなか、この歳で良く廻れたものと、我ながら感心しつつ眠りに就きました。
2013夏の旅(10-1) コールマール [2013夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]
7/17(木)Colmar8:00(バス)→Guebwiller8:50/9:30(Taxi)。。。Murbach。。。Lautenbach。。。Guebwiller11:30/12:43(バス)→Mulhouse13:40/13:45(Taxi)。。。Ottmarsheim。。。Mulhouse14:46→Colmar15:08
この日の朝は曇り空。いよいよ雨かしらと雨具を用意して出かけました。鍵を預けにレセプションに寄りますと、丁度チェックアウトをする日本人女性の独り旅の方がいましたので、TAXIで一緒に駅へ。今日の夕方パリから帰国されるとのことでした。フランス語を習ってらっしゃるので、毎年夏休みにはフランスに来られるとのことでしたが、こんなに暑いとは思わず、衣装計画が狂ったと・・・それは私も同じでした。毎日せっせと洗濯して切り抜けましたが。
バスの乗り場は駅前にあり、定時に発車して、コールマールから南西へ。ミュルバック、ローテンバックとオットーマルゼイムを訪れるのに基点としたゲブヴィレールの町に向かいました。バスはツーリストインフォのある広場から少し離れたところに停まりました。ここが近いからと運転手さんがいいましたが、何の標識もありません。丁度近くで道路工事をしていた若い男の人に訊いて、歩いて数分がサントルヴィル(町の中心)でした。
↓ 大きな広場の前にオテル・ド・ヴィル(16世紀)があり、その左の建物の一階にインフォがあります。
親切な女性職員が資料をそろえてくれて、ミュルバックはバスがないのよとTAXIを呼んでくれました。30分後とのことで、近くのカフェでお茶とトイレ。そして、数分の遅れでやってきたTAXIで、街を出るとまもなく緑の谷間に入って行きました。ゲブヴィレールから西に数キロ、10分ほどでミュルバックの村に着きました。
☆Murbach/St. Leger ミュルバックのサン・レジェール教会
現在は修道院の一部が残っているだけですが、古い歴史のある教会です。726年に当時のアルザス公の孫によって創建され、カロリング朝の保護を受け、豊かで強力な修道院として発展しました。図書館は多数の写本を所有し、学問も盛んでした。14世紀の大洪水や火事などの災害、そして16世紀の宗教改革で荒廃。修復の手も加えられないままに、時代は流れました。現在、12世紀ロマネスク建築としては後陣、翼廊、鐘塔が残っていますが、身廊は18世紀に消滅したままになっています。
↓ 逆光ですが、消滅した身廊の場所(墓所になっている)から撮りました。
↓ そして、南側にまわり野草を背景に写真を撮ろうとしたとき、よろけて手をついたところが、イラクサの茂みだったものですから、その痛いこと!2、3日腫れがひきませんでした。でも青空をバックにすくっと建つ赤と白の砂岩の教会はアルザス・ロマネスクの頂点に立つといっても過言ではないでしょう。背景の森の深い緑と手前の夏の山野草・・・見事なハーモニー。
↓ 後陣外観。 運悪く白い自動車がやってきた・・・
↓ 2つの鐘塔と中央後陣。明確なロンバルディア帯が並び、切妻の屋根の下にいくつかの彫刻がはめ込まれています。
↓ 左祭室扉口。タンパンには2匹の獅子、アーチとラントウにパルメット文様
↓ 簡素な内部
イラクサの棘を抜いたあとの手のひらはまるで蕁麻疹のように腫れてしまいました。濡れティシュで冷やしながら・・・次のローテンバックへ数キロ走りました。
☆ Lautenbach/Ancienne collegiale ローテンバックの 旧司教座教会
8世紀にアイルランドの僧たちによって創建されたと伝えられています。1080年にアンリⅣの軍隊によって創設時の教会は破壊されました。1150年頃にオーギュスト修道会が司教座教会として再建し、周辺に司教館を加え建設。フランス革命でローテンバックのこれらのモニュメントが明らかにされる歴史的資料を失いました。11世紀からのロマネスク様式は身廊の両側の壁と扉口に残っています。ポーチには興味深い柱頭彫刻が並んでいます。
↓ 教会正面は道路に面していて全景をようやく撮りました。2つの鐘塔のうち右の南鐘塔は未完成だったのでしょうか?左の北鐘塔は19世紀の改築。
↓ ポーチ。天井の交差リブの下に柱頭彫刻。フリーズの彫刻とロンバルディア帯など。
↓ 扉口右側柱には天国の場面と推定。
↓ 幸せそうな男の顔ですが・・・。
↓ 扉口左側柱には地獄の場面のようです。一見すると稚拙で童話的ですが、意味するものは怖い・・・。
↓ 悪魔?
↓ このレリーフがどこにあったのか思い出せません(汗)
↓ 内部は三身廊
↓ 後背部外観 方形の後陣は13世紀
午前中に予定していた2教会の見学も何とかクリア、ゲブヴィレールに戻りました。
続きます~。
↓
2013夏の旅(9-2)コールマール [2013夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]
~続きです
セレスタからコールマールまでは10分。あっというまにSNCF駅に到着。夏休みということあって、駅前からすでに観光客を多数見かけました。荷物があるのでホテルまでTAXIで。一方通行が多いので遠回りのようでしたが、数分の距離でした。次女と来た時に、ロマンティックなこのホテルの前を通りがかり、門の前で記念に写真を撮りました。当時は考えもしなかったコールマールの再訪でしたが、今回の旅で2泊することになりました。そうなると「あの素敵な木組みのホテルに泊まろう!」と予約したのです。チェック・インを済ませ、すぐ部屋に案内されました。このホテルは2棟からなっていて、私はエレベーターのある棟の(一部階段)屋根裏部屋でした。
↓ 小さなシングルベットのある部屋は狭かったのですが、運河側の角部屋。
↓裏側の広場に面したバスルームは広々
↓ 角の窓から。プチット・ヴェニスと呼ばれる地区なので運河に架かる橋から大勢の観光客がこちらを観て、さかんにカメラのシャッターを押しています。なんか~優越感でした(笑)。
↓ 上と反対に橋から見たホテル。私の泊まった部屋もバッチリ。この角度からの写真は絵葉書にもなっています。
↓ 遅くなったランチは橋の袂のレストランで。アルザス風ピザの「タルトフランベ」をお兄さんがせっせと焼いていました。チーズの入らないシンプルタイプを頼んでみたのですが、玉ねぎの甘さがでて、美味しかったです。ストラスブールでは少し残しましたが、ここでは完食。
↓ 17年も経つとやはり観光化が進んでいました。この辺りはまだ鄙びた風情があったのですが・・・。それに大人が通るには低すぎる可愛い小さなドアが見当たりません。少々残念ではありましたが、このエリアはピクチャレスクな、ため息の出る風景です。
↓ボートツアーもお客さんでいっぱい。
↓ 橋の向こうに建つカラフルな建物は市場 です。
↓ アルザスの街歩きではこの日が一番暑かったかもしれません。それに観光客もストラスブールに次いで多く、狭い旧市街はかなりな混雑でした。しかも、小路が複雑に入り組んでいて、MAPを確かめながらでも、どこがどこだか・・・。
↓ Maison Pfister 1537築。フレスコとメダリオンの装飾。
↓ ようやく懐かしのウンターリンデン美術館に到達。あいにく一部工事中で、古い井戸の傍も落ち着きません。
☆ウンターリンデン美術館MUSEE D'UNTERLINDEN
↓ 早速、ここの目玉の祭壇画のある部屋に直行しました。マティアス・グリューネヴァルトの「イーゼンハイムの祭壇画」を鑑賞。なんと!カメラOKになっていました。再訪なので、詳しいことは省略します。(1996年の旅でUP予定)
↓祭壇画を見下ろせる上階の展示室に車つきのロバに乗った「パームサンディのキリスト」(ゴシック)
↓ ドイツルネサンス期の画家、ルーカス・クラナハの「メランコリー」。これは2,3年前のパリでの「クラナハ展」にも出品されていました。
前回はここの現代絵画を疲れてパスしてました。今回は観られると思っていたのですが、改築中のため閉鎖されていました。残念。
それにしても夕方は西日が暑くて、もう歩きたくありません。広場でプチ・トランが客待ちしていましたので、これ幸いと乗り込みました。
↓ 旧市街をぐるぐる回ります。
プチット・ヴェニスの近くで降りて、ホテルに戻りました。夕食はホテルのレストランがお休みだったので、近くのカジュアルな店でサーモン・サラダ一皿の夕食にしました。アルザスワインも美味しく、サラダも新鮮な野菜が多く入ってて、安くて〇でした。
10時ごろ外に出ると、ようやく日が落ちて、運河沿いのテラス席は何処も満席。華やかなコールマールの夏の宵ですが、一人淋しく宿に戻りました。
2013夏の旅(9-1)セレスタ~コールマール [2013夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]
7/16(火) Selestat12:10→Colmar12:20
コールマール/Hostellerrie Le Marechal 2泊
朝食にオムレツを頼んだのですが、かなり待たされて、でてきたのはなぜか目玉焼き。作りなおさせる気もなく、美味しくいただきましたが・・・。他の方たちも卵料理が遅くていらいら。この宿で唯一不満なサービスでした。でも、チェックアウトのときアルザス名物のクグロフをおみやげにいただいて、にっこりでした。午後のおやつにいただいたのですが、ここの自家製なので、とてもおいしかったです。
↓ ホテルのロビー
9:30にはハイヤーが迎えに来てくれて、まずエプフィグへ。朝から青空が広がり、今日も暑い日でした。「毎日暑いわね~」と言うとドライバーさんも「メルヴェイユだ!」って(笑)。エプフィグはセレスタの北12Kにある村です。その村はずれに聖マルグリート教会がひっそり建っています。エプフィグにはSNCFの駅もあり、タクシーを使わないでも行くことはできます。それも検討したのですが、往復で数キロ、1時間半の道を猛暑の中歩くのは私には無理・・・。
☆Ste Marguerite 聖マルグリート教会 小さなラテン十字のプランの教会は身廊、翼廊、後陣が11世紀初頭の建築。西と南に張り出したポーチは12世紀に増築。教会の周りを墓地が囲み、並木の陰から見える素朴なその佇まい。村人たちの心のよりどころとして何世紀も存在してきたのです。鄙びたロマネスク聖堂の持つ魅力にあふれたところです。
↓ 道路から見えました。こんもりと茂った木々が少し邪魔・・・
↓ 飾り気のない小さな方円柱頭を頂く円柱が並んで。
↓ 内部 漆喰の壁に淡い彩色が残っています。厚い壁と太い柱がいかにも初期ロマネスク。
↓ 馬蹄形アーチの壁龕、極小さな窓。
↓ 後陣から東の光が差し込んで
↓ 床にニ聖人の姿が浮かんで、幻想的でした。
↓ 交差部と後陣の天井
↓ 後背部と鐘塔
↓ 北側面に納骨堂があり、頭骸骨がこちらを見ています。でも少しも不気味とか怖いとか思いませんでした。この教会の歴史が詰まっているようで・・・。それにあと10年か20年も経ったら、私もこうなりますからね。「メメント・モリ死を想え」。
追記:この納骨堂には1675年1月のTurkheimの戦い(フランスの大元帥Turenne率いるフランス軍とドイツ帝国軍がライン川流域で戦った)で亡くなった兵隊さんたちとのことです。ここの村の出身だったら墓地に手厚く葬られたはずですから、多分無名の戦士たちが故郷に還ることもなく、ここに・・・その犠牲者を忘れないようという村人たちの心も理解できました。それでも、17世紀から始まったフランスとドイツによるアルザスの領地争いは1945年の大戦後にフランス領となるまで続いたのです。
さて、気分を変えて(笑)次の訪問のアンドローを目指しました。アンドローはエプフィグから西北に7~8Kにあるワインの産地としても有名な町です。エプフィグからの道はティンバースタイルの大きなワイナリーやレストラン、民家が点在して美しい・・・。まさにアルザスのワイン街道です。
↓ 初めは町の入り口近くの小高いところにある教会に行きました。
↓ ここではないわ。ドライバーさんが間違えたわと町のほうを眺めるとそれらしき塔が見えました。汗をかきかき、坂を上ったり下りたり・・・。
↓ 町の中心に目指す教会がありましたが、駐車場から見た後背部はこんな感じで、本当にロマネスク?
☆St・Pierre et St・Paul 聖ピエールと聖ポール教会 880年皇帝シャルル・ル・グロの妃リシャルドが創建し、晩年をここで過ごした旧女子修道院。
↓ とにかく、右側に回って北扉口から入ってみました。大きな身廊もゴシック様式ですし、何処がロマネスク?ときょろきょろしてましたら
↓ 近くに絵葉書などの小さな売店があり、そこのボランティアらしいマダムが「クリプトをまず見てらっしゃい」というので、降りて見学しました。クリプトは12世紀です。
↓ 手前の半分が1030~1040の建築。窓側奥の半分が1080~1100の建築とのこと。
↓ ライオンの像が斜め上を見上げて吼えてる姿。こんなところで一人ぼっちは可哀そう~(私も一人だけれどね)。
↓方円柱頭から木の枝のように上に広がるアーチ。
↓ クリプトから上に戻りますと、先ほどのマダムが待ちかねた様子で立っていました。次はここの教会で一番美しい祭壇を観てくださいといって、後陣へ連れて行かれました。当然フランス語なので、ほとんど理解できませんでしたが、どうやらこの修道院創立者だった妃が1049年にアルザス出身の法王レオ9世によって列聖されたというエピソードのようです。確かに美しい・・・ですが、他にまだ観たいものがあるんです。
マダムも丁度ボランティアの持ち時間が終わったらしく、帰っていきました。さて、肝心のロマネスクは閉鎖された西扉口周辺にありました。
↓正面は私有地?なのか入れないので、真正面からの撮影はできませんでした。
↓ 上部のフリーズをいくつか(下の2枚は北側面)
↓ここからは西側面上部のフリーズ
↓ 西ファサードの中央
↓タンパンは「キリストと二人の聖人」。ここの部分はゾディアックの写真と違っていて、特に白い聖人たちは洗浄したのかコピーのように見えて残念。ラントウはアダムとイブのストーリー。
↓ 側柱の彫刻。左下に「アトランテス」
↓ アトランテスの持ち上げる上には信者の姿
↓ ポーチ上部
車に戻りましたら、ドライバーさんがワイナリーに寄りませんかというので、有料で1杯ぐらいは飲めるとついていったのですが、無料のティスティングだけでした。荷物になるので購入できませんから、ごめんなさいと言いましたが、優しい娘さんが、1杯ずつご馳走してくれて、恐縮でした。暑くのども乾いていたので、冷えた白ワインが美味しくて、グイッと飲み干しました。もう1杯欲しかったです(笑)
↓ 葡萄畑の風景、アルザスの夏です。
セレスタの駅で降車。ホテルで頼んでくれたハイヤーは高い時もあるので一概に言えませんが、ここは割安でした。まもなくやってきた列車でコールマールへ。
続きます~
2013夏の旅(8-2)セレスタ [2013夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]
~続きです。
ようやく今夜の宿にたどり着きました。今回の旅で一番豪華な料理宿です。それでもセレスタは有名観光地ではないので、リーズナブルです。ストラスブールかコールマールに宿泊する人が大部分でしょう。
↓門から入りますと、素敵な建物~!疲れも吹っ飛びました。
↓ 案内された部屋も広くて、素敵!ウエルカム・ワインとケーキにカットフルーツも運ばれてきました。そう、今日は昼抜きでしたと、パクパク。
今日の苦行の後のご褒美というわけですね。すっかり元気になってセレスタの旧市街の散策に出かけました。
↓ ホテルの裏口からでて
セレスタの旧市街はまるで迷路です。地図を何度も見ながら歩きました。
↓ ☆ Ste・Foy 聖フォワ教会 聖フォワはコンクのあの有名な聖女です。何故セレスタの教会の名が同じなのでしょう。答えは11世紀に遡ります。当時の公妃ヒルデガルドの息子たちがサンティアゴ巡礼にでかけ、コンクに立ち寄り感銘を受けたのです。帰国後コンクに従属する小修道院をこの地に創建することになりました。創建は1095年ですが、現在の教会は12世紀後半の建築です。
↓ 西正面。旧市街の中心、広場に向かって堂々と建つ姿。双塔は方形を軸に頂はダイヤモンド型。双塔のがっしりした基部は教会というよりお城のイメージが強い。美しいモザイク状の外壁の石は赤がSchirmeckの砂岩、グレイがAndlauの花崗岩とのこと。
↓ 後に見える交差部の鐘塔は八角形。
↓ ファサード中央の破風型トップだけ色が違うのは改築?
↓ ポーチ周りの装飾は見事です。それに教会前の花飾りも古びた石をポットにしているのが、とても素敵。
↓ ポーチの窓の柱頭
↓ ポーチの中から撮りました。
↓ 惜しむらくはタンパンが・・・後代の作。
↓ 内部は半円の横断アーチと束ね柱。天井に交差ヴォールト。三廊式の均整のとれた空間です。
↓ 内陣から西扉口方向を見ると、大きなパイプオルガンが
↓ 南翼廊に小後陣
↓ 側廊
↓ 北扉口のタンパンは「エジプトへの避難」
↓ アーチを縁取る繊細な彫刻。完成度の高い交差部の鐘塔
↓ 北側の古い井戸
↓ 後背部は逆光でした。交差部~翼廊~後陣と規則正しく並んでいます。
↓ セレスタの旧市街は由緒ある建物も多く、ここは教会の近くの館。前庭も手入れが行き届いていました。
↓ ホテルのテラスで夕食。アミューズのあとはファゴラの前菜(右の温かいパンにテリーヌを塗って)
↓ メインの魚(名前忘れましたが美味)
↓ 牛ヒレ肉のロースト。柔らかくて、これも美味しくてペロリ。デザートは撮り忘れましたが、大好きな苺いろいろのスィーツで大満足でした。サヴェルヌでの苦行の後の極楽ですな~。
明日のTAXIの予約を頼み部屋に戻りました。一夜とはいえ、美味しいワインに食事、そして柔らかな木の香り漂う部屋・・・優雅な気分で過ごしました。
2013夏の旅(8-1)ストラスブール~セレスタ [2013夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]
7/15(月)Strasbourg9:50→Saverne10:16/12:14→Neuwiller Les saverne12:30/13:25→Saverne13:45/13:53→Strasbourg14:34/15:25→Selestat15:57
セレスタ/Hostellerrie Abbaye de la Pommerale 1泊
今日は昨日の積み残しのNeuwiller Les saverneに午前中に行くつもりで、ホテルをチェックアウト。
↓ ホテルのロビー(兼レストラン)とテラス席
駅構内の荷物預かりまたはロッカーはすぐ見つかるはずでした。ところが標識に従うとホームに出てしまいます。それらしい事務所があるもののドアが開きません。なかを覗いていたら、ようやく人影が見えて開けてくれました。
↓ ホームから見える荷物預かり所。黒い目立たない看板の葡萄色のドアです。なかは一応セキュリティの検査装置がありましたが、何も言われず・・・奥にコインロッカーへ。
荷物を預け身軽になったところで、ここでまたチョンボ。同じ出発時間(と思ったら1分違い)の他のローカル線と間違えて、乗り込み↓今度は立派だな~terかな?と。しかし、停車駅の案内にSaverneがないので、ミスに気が付きました。急いで昨日乗ったホームの隅っこへダッシュしましたが、目の前から発車してしまいました。あ~ん(涙)
次の列車は30分後にあったのですが、問題はバスの接続で、到着の1分前の出発なのです。Saverne駅で「遅れちゃった~」と窓口の女性にぼやこうと思ったら違う人でした。ほっとするやら、寂しいやら(笑)。昨日も駅の前でうろうろしていて、今日もまた・・・。カフェで本を読みながら時間をつぶすことになって、Saverneは私にとって鬼門でした。結局、この日の予定のうち2か所を明日に回し、1か所(Rosheim)をあきらめることになったのです。
↓ ライン河に続く運河の港。白鳥がいました。
ようやくバスに乗って15分ほどのNeuwiller Les saverneへ。バスの女性の運転手さんは私はその教会には行ったことがないけれどといいながら、他の乗客に聴いてくれて、説明も親切でした。
↓村の道をてくてく歩き
バス停からは徒歩5分もかからないくらい、村の少し外れに2つの教会が建っています。ここでは聖アデルフ教会を先に見学しました。
↓ ☆St.Adelphe聖アデルフ教会 12世紀後半のロマネスクからゴシックへの移行期に建立。名前の聖アデルフは9世紀のメッツの初代司教。現在はプロテスタントの教区教会なっていて、堂内も飾り気がなくすっきりした印象。後背部には広い緑地になっていて塀で囲われています。木々で後陣が隠れて見えませんでした。
聖アデルフ教会の正面からサン・ピエール エ サン・ポール教会が見えます。
☆St・Pierre et St・Paul 聖ピエールと聖ポール旧修道院 創建はカロリング朝にさかのぼり、聖アデルフの巡礼地として栄えました。現在に残る建築はロマネスクからゴシック様式の重要なモニュメントとされています。
↓ 北翼廊扉口はロマネスク末期
↓ 身廊は13世紀の初期ゴシック
↓ 11世紀の初期ロマネスクの礼拝堂。堂内は暗くようやく撮った一枚
↓ 洗礼盤
↓ 複雑な構成をみせる外観。手前の遺構はカロリング時代の教会跡?
↓ 西正面と鐘塔はバロック様式
↓ 南側外観 右の建物がブックショップのようですが、バスの時間が迫り寄れませんでした。
降車したバス停の向かい(標識なし)から数分遅れのバスに乗ってサヴェルヌに戻り、列車でストラスブール(荷物をピックアップ)で乗り換え、今夜の宿泊地セレスタの駅に着きました。ストラスブールからセレスタまで8.5€。
↓アルザスの駅らしく花で飾られて綺麗~と喜んだものの
↓ 旧市街から離れた駅なので、ホテルまでTAXIがマストなんですが・・・またもや1台も停まってません。バスもホテルのほうには行かないというので、TAXIの標識の連絡先に電話しました。何とか通じて15分で行くから駅のカフェ(左の黄色のテントのあるほう)で待っててというので・・・ジリジリ。結局30分待ちました。
続きます~
2013夏の旅(7-2)ストラスブール [2013夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]
~続きです
予定通りに事が進まない上に猛暑ですから、気持ちが弾みません。よろよろとストラスブール大聖堂の近くまで帰ってきました。
↓ 以前来たときに大聖堂を見上げながら娘とお茶したことのある通りにでました。月日は流れました。あのころのような体力はもはや望むべきもないけれど、こうしてここに立っていることは有難いこととしみじみ・・・。
カテドラルの威容からもパワーをもらったようです。少し元気になって初訪問のロアン城の美術館へ向かいました。
☆ボザール美術館
運河沿いに建つ豪壮なロアン城の一画が美術館になっています。大聖堂南側に向かった門を抜けると広い中庭です。その左奥に美術館の入り口があり、チケットを買い二階へ。コレクションは幅広く中世から19世紀までの作品が並んでいます。カメラOK。
↓ ここでの目的NO1は私の追っかけカルロ・クリヴェッリの「羊飼いの礼拝」です。
↓上の絵葉書です
↓ 17世紀前半のセビーリャ派を代表する画家スルバランの聖女たちの2枚の作品(180×109)1650年頃制作。それぞれの聖女の出身(北ヨーロッパとスペイン)に合わせた容姿や衣装などの描写に注目。
↓ 左「聖ウルスラ」持物は矢。斜め後方からの姿が美しい。
↓右「聖エングラシア」持物は額に打ち込まれたという釘?額に穴が・・・。
↓ ネーデルランド風景画のコーナー
↓ シャルダンの「果物と葡萄酒のコップ」
↓ 17世紀スペインの画家コタンの「薔薇色のカルドン」
↓ カナレット「グランドカナルからのサルート教会の眺め」1727頃(絵葉書)
↓ ラファエッロの「若い女の肖像画」1520頃 (60×44)(絵葉書)
↓ グレコ「哀しみの聖母」1590~1600(53×37)(絵葉書)
きりがないのでこの辺で。見学終了したあとは、運河のボートツアーのチケットを買うのに行列に並びました。30分後の予約をしてから、近くのカフェでアイスクリームを食べて休憩。ストラスブールのはずせない名所の一つプチット・フランスまで歩かずに船で行こうというのです。(9.6€)
↓ 日本語のガイドオーディオ完備なので、のんびり。次第に暮れていく街の眺めを楽しみました。
1時間のツアーも終わり、レストランを探しますが、今日は日曜日なので、閉まっているところも多く、結局はホテルの近くでアルザス名物のタルトフランベを食べました。その時は名前が分からなかったので、隣の人のお皿を指差してオーダー。ここの名産のチーズ「フロマージュブラン」入りのがピザほど重くなく、とても美味しかったです。
夜、暗くなってから革命記念日の花火が上がりました。初めは雷が鳴って、いよいよ雨かしら?と思ったのですが・・・。2階の部屋からはまったく花火は見えなくて残念でした。夜遅くまで人通りは絶えることなく、大賑わいのストラスブール大聖堂付近でした。パジャマを着てしまってから、大聖堂のライトアップ~!と気が付きましたが、もう眠くなって断念。
2013夏の旅(7-1)ストラスブール(サヴェルヌ) [2013夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]
7/14(日) Strasbourg9:06→Saverne9:48。。。Marmoutier。。。Saverne14:14→Strasbourg14:43
日中は30度くらいですが、朝夕は涼しいので気持ち良く起床。朝食は品数もありGoodでした。
さて、今日はストラスブールから北東へ40Kほどのサヴェルヌとその周辺のアルザス・ロマネスク巡りにでかけました。ホテルのある旧市街から駅までは2~3Kあり、トラム(停留所は徒歩5分くらい)に乗って行きました。
↓ クレバー広場 以前はこの広場からトラムが出ていた記憶がありますが、いまはこのようにだだっ広い感じ。
↓ 広場からすぐにトラム乗り場(目印は楕円形の庇)があり
↓ 右の薬局前からストラスブールSNCF駅行きに乗車
トラムは数分で駅のすぐ脇にストップ(終点)。ところが駅構内で確認した発車時間が調べてきたものと違います。予定の列車より15分ほど早かったのです。でも早めに着いたので間に合ったのですが、なんとなく不安に・・・悪いことにそれが当たってしまいました。
↓ ホームの一番端がサヴェルヌ方面行の乗り場で、すでに電車が待ってました。
サヴェルヌには45分ほどで到着。駅の横にあるバスの発着を確かめてが~ん!列車同様調べてきたタイムテーブルとは違っています。おまけに日曜なので、夕方まで目的のNeuwiller-Les-Saverneまで行く便がありません。ではTAXIでと思えど、TAXIも一台も待っていません。この日は特に日曜と革命記念日が重なって、TAXI会社もお休み?かも・・・とにかくこの街を散策して、どこかでTAXIを呼んでもらうことにして、歩き始めました。
↓ 突き当りにサヴェルヌ駅(赤い建物)
↓ まもなく運河の流れる通りにでると旧市街です。
↓ 緩やかな坂道にカフェやオテル・ド・ヴィル(市役所/旗のところ)が並んでいます。
↓ 古い館のレストラン
↓ 少し先を左折するとサヴェルヌの降誕の聖母教会です。ここも赤っぽい砂岩の建築で、西側の鐘塔門がロマネスク様式ですが、他はかなり後世に手が加えられています。そのせいか、事前にここの教会に関する情報は得られませんでした。
☆Saverne/Notre-Dame-de-la-Nativite
↓ 坂を少し降りるとサヴェルヌの観光名所ロアン城です。
↓ 再び運河の傍を通りましたら、これから船が水門を通過するところでした。首に浮き輪をつけた可愛い男の子もわくわく待っている感じ。
↓水門が開き、出航。
↓ 駅の近くでお茶し、竈マークのホテルでTAXIを呼んでもらいました。
親切なレセプションの女性が何度も電話してくれて、ようやくつかまりました。ところが中年女性のドライバーさんはまったく英語ができず、私のフランス語も通じません。どうやら、予約が入って忙しくて、12K離れたNeuwiller-Les-Saverneで私を降ろすだけと言ってるみたいなのです。それなら帰りのバスがないから、無理ということで、また駅に逆戻り…ドライバーさんは機嫌が悪く、後味の悪い想いでした。これほど言葉が通じなかったのは記憶になく、ショックでした。
しょげた顔の私に駅の窓口の女性は親切にしてくれました(英語も可)。Neuwiller-Les-Saverneは明日午前のバスがあるからとのことで、今日はMarmoutierに行くことにして、TAXIを呼んで(また何度も電話)もらいました。こんなにTAXIが捕まらなくて苦労するとは・・・ほとほと疲れました。ようやくやってきたTAXIに乗り込んで、南へ6Kほどのマルムティエへ。この運転手さんも30分しか待てないというので、忙しい見学になってしまいました。
☆Marmoutier/Ancienne Abbatiale St-Etienne(旧サンテティエンヌ修道院) マルムティエはストラスブールからパリへの道筋にある小さな町です。古くは6世紀からの歴史があり、814年ごろにはサン・ブノア(サン・ベネディクト)の傘下のもとで発展。後にメロヴィング朝の王によって保護されました。その後のオットー朝時代~ロマネスク(現在の姿の原型)~ゴシック~18世紀まで、度重なる改築を経ています。1789年のフランス革命時には修道院として終焉を迎え、売却の憂き目にも会いました。しかし、1805年に司教座教会として生き残ることになり、現在に至っています。双塔を控えた高い薔薇色のファサードとナルテックスは1140年に建てられたロマネスク期のものです。
↓ 正面からは逆光でした。
↓ 中央に方形の塔。両側に八角形の小塔。
↓ 端正なドイツ風なファサードにロンバルディア帯、舌を出すライオンなどのロマネスクのレリーフがはめ込まれています。
↓ 玄関ポーチの柱頭。繊細な植物文様。
↓ 内部は暗くてあまり撮れませんでした。方円柱頭がアーチを支えています。
↓ 説明パネルが置かれていましたが、時間もなく・・・。
↓ 北側面から
↓ 南側に回って。バットレスなど、ゴシック13世紀~18世紀の改築が見られます。砂岩の薔薇色に薄茶やベージュ色が混ざり合って、その色のハーモニーが美しいです。南側は野菜や花が植えられた畑になっています。誰もいないので、無断侵入(すみません)。
忙しい見学を終えてサヴェルヌ駅に戻り、駅構内の店でサンドイッチとコーヒーを買い、ベンチで列車の時間まで遅い昼ごはんをとりました。さて、列車に乗る前にトイレを探しました。駅の外の標識のあたりには見当たらず、売店の人も向こうと指差すだけ。道を歩く人に尋ねたところ、歩いて5分くらいの運河の船着き場にあるとのこと「近いよ~」というのですが、列車の時間が迫ってますから・・・。結局ストラスブールの駅まで我慢したのですが、トイレのない駅って初めて遭遇しました。夏の暑い日だったからなんとかなりましたが、う~ん。ド田舎というわけでもない大きな町の駅が困ったものです。
続きます~。
2013夏の旅(6-2)ストラスブール [2013夏ヨーロッパ(オペラと美術の旅]
~続きです
ここウーブル・ノートルダム歴史美術館は中世の彫刻がメインですが、他にもライン川周辺で活躍した画家の作品も展示されています。緑の中庭で暫し休んだ後は下のような回廊に迷い込みました。趣のある木の3階まであるベランダは登るのは禁止です。
再度館へ戻り上階へ上がっていくと中世の小型の工芸品の並ぶ暗い部屋があります。
↓ ここのお宝の一つでもあるゴールドの「ロバに乗るキリスト」
象牙の携帯用祭壇
ここから15世紀から17世紀までに活躍したライン流域で活躍した画家たちのペインティングの部屋に入りました。…と書くと簡単そうですが、かなり迷いました。
↓ 以前は回廊の片隅に置いてあって、雨風に当たらないか心配したヴィッツの「聖マドレーヌと聖カテリーヌ」は立派な部屋に収まっていました。Corrad Witz(バーゼル)1440頃 161×130
光が邪魔をして、私の影も写ってしまって・・・。二人の聖女のちょっととぼけた表情が可愛らしい。
↓ Hans Baldung Grienグリンの「垣根の聖母子」。これも聖母の流し目に驚愕したので、ばっちり覚えていました。
↓ 中央に同じくバルドゥング・グリンの肖像画
↓ Sebastien Stoskopffの「Grande Vanite」 ストスコップフは渋沢龍彦の「幻想美術館」で初めて知った画家です。寓意画の「夏」や「冬」など何点かが展示されていました。
↓ ストスコップフの「苺のカップ」 ヴァニタスや壊れそうなコップの絵など怖いような寓意画も多い画家のこれは珍しい作品。
これでウーブル・ノートルダムの見学は終了。外に出ると西日がさしてひどい暑さです。カテドラルの前でアイスクリームを食べて、ひと休み。
↓ そして、カテドラルに入りました。内陣や北翼廊はロマネスクの面影が残っています。
↓ ばら窓の色も洗練されていますね
↓ ピンボケですが「美しき聖母のステンドグラス」
↓ 南翼廊には有名な天文時計があります。世界一大きい天文時計はグレゴリオ暦にしたがって、復活祭の日を計算できる機構を備えているそう。見た目も美しく偉大な時計です。
↓ 外観はヴォージュ産の砂岩の煉瓦色とピンクの混ざった美しい色。写真は北側から。
↓ 苔で覆われたカーゴイル
↓ 大きな犬を連れて旅をするファミリー
本日はここまでと、疲れ果ててホテルに戻りました。ランチのシュークルートのおかげで、夕方になっても食欲ゼロ。手持ちのもので細々と簡単夕食で済ませました。お風呂に入って就寝。